« 共立女子の授業の奥義 漱石に通じる | トップページ | 高校新科目に「公共」? »

桐光学園中学 オリジナリティを養う教育システム

☆1人ひとりを大切にとは、どこの学校でも耳にする定番の教育言説。もちろん、重要であるが、1人ひとりを大切にする仕方は、それぞれ全く違う。

Img393

1)道徳重視型

2)知識重視型

3)知(知性×感性)重視型

4)体験重視型

5)判断力・意思決定重視型

☆この5つのうちのどれかか、いくつかの組み合わせか、5つすべてトータルにか、1人ひとり大切にすると言ってもその構成はさまざまである。

☆この中で、1)や2)は、1人ひとりを大切にしても、その内面まで大切にしているわけではない。教育の刺激は常に外発的である。ひとによっては、この外発的な教育は、本当のところ1人ひとりを大切にしているとは言えないだろうと批判するかもしれぬ。

☆3)は結局のところ、4)や5)とリンクしなければ意味がないから、4)や5)を語らずして、3)だけ語っているとしたら、スローガンだけ謳っているということだろう。

☆4)は最近注目されているが、これだけだと、道徳主義の体力版になってしまうという批判もあるだろう。

☆5)は、サンデル教授の登場で、すっかり注目を浴びているが、学習指導要領に拠ってのみカリキュラムが組み立てられていれば、自前の判断力も意思決定力も育たない。

☆こうしてみていくと、桐光学園のカリキュラムは、上記ポイント全体が相互に関係しあい、多様な組み合わせが、生徒1人ひとりによって編まれるのである。その見える化が、写真にあるように自分だけのオリジナルカリキュラムを編成できる教育システムに顕在している。

☆特に「帰国生英語取り出し授業は」IBのディプロマでいうTOK型授業であり、Aレベルでいうハイヤーオーダーシンキング型の授業である。これがどういうことかというと、文科省が焦って、IBのTOKリサーチ指定校や日本語IB200校に助成金を出しているようなことをすでに準備しましたよということなのである。

☆ここのところは、まだまだ一般の人には違いがわからない。おそらく教育関係者も、考えるコトや論理を大事にすることは、今までだってやってきたじゃないかとついドメスティックな知性をさらけ出してしまう昨今である。

☆日本の学習指導要領や情報教育の内容項目に「メタ認知」が除外されていることが、実はこの違いを見えなくしているのであるとは、すでに21世紀型スキルの研究者たちが論じ始めている。それゆえ、文科省は当然焦るのである。この高次思考が育成されない限り、グローバル人材の資格が世界で認められないのである。

☆ここも一般にはわかりにくいところだ。運転免許で言えば、本人が運転できても免許という資格を持っていなければ運転できないとみなされる法的な問題なのである。道徳感情の問題ではないのである。

Img394

☆ところが、教育の世界は、何もIBだけが、その高次思考を養っている学校かどうかを認定するわけではない。大事なことはポートフォリオである。どういう教育を行っているか、生徒のアクティブな学びの様子をプレゼンする資料と生徒の作品のポートフォリオが必要になる。

Img395

☆この点においても桐光は万全である。一年間の生徒の知のアウトプットをきちんとポートフォリオとして論集をまとめているからである。

☆どんなにすてきなグローバル教育を行っていても、生徒の作品集などのポートフォリオのない学校は、グローバル教育を胸をはって行っているとは言い難い。

☆もちろん、AレベルやIBディプロマ、APで高いポジショニングをゲットしていれば、それがポートフォリオになるが。

|

« 共立女子の授業の奥義 漱石に通じる | トップページ | 高校新科目に「公共」? »

学校選択」カテゴリの記事