東洋経済「注目の中高一貫校」を読む[01]巣鴨
☆今年、東洋経済は、「注目の中高一貫校 校長が語る我が校のDNA」を連載。無防備に各校の校長が語っているところがおもしろい。おそらく、記事になる前に校長に目を通してもらっているだろうから、校長のものの見方考え方にほぼ一致するだろう。そういう意味で、ライターのクリティカルシンキングは抑えられているから、読み手が勝手に読めるのである。だからおもしろい。
☆まず巣鴨から勝手に読んでみたい。ある意味20世紀型教育の強烈な基準であるから、受験生の未来を読む上で、大いに参考になるからだ。まずいきなり堀内校長はこうはじめる。
「努力しないものに栄冠はない」。非常にシンプルですね。すなわち、努力することの大切さを徹底的に教えるようにしています。
☆「努力」というのは、生徒の内側の欲求から行動に現れたとき、頑張っている様子を「努力」という言葉で表現するのが21世紀型であえるが、「努力」の大切さを教えるというのは、外発的だし、「徹底的に」という形容は、人間の権利感覚を喪失させる危険性がある。
☆しかもここでの「栄冠」は、大学合格のことを意味している可能性がある。これはインタビュー全体の文脈から推察してなのだが。
☆ともあれ、その「努力の大切さを徹底的に教えるようにしている」例として、
正月の早朝から道場で行う寒稽古やふんどしを締めて行う遠泳、中学1年から高校3年生までで一晩かけて山越えを行う「大菩薩峠越え強歩大会」など
☆を挙げている。実際には、それほどキツイものではないと聞き及ぶが、このイベントが「努力」を教える意図があるというところが問題である。
☆正月早朝の武道は、日本文化の精神に触れるチャンスだし、遠泳も海というものが何であるか、自分の努力を鍛える道具的環境ではなく、自然への畏敬の念と自己克己の関係について想いをはせるチャンスだし、大菩薩峠越えも、海に対する山の体験で、同様の想いを馳せるチャンスである。
☆そこを強調せず、すべてを「道具的」な自己利用のモノとしてみる価値観が育つような言説は、20世紀型である。これは人をも道具として見てしまう文化遺伝子が継承される危険性がある。
「巣鴨に来たからにはやれる」、そういえるように徹底した面倒見を心掛けています。学習面でも「口うるさい」と感じるほど、きっちり面倒を見ます。ですから、中学の3年間は塾に行く必要はありません。うちでしっかり勉強していれば、その先に控える大学受験への基礎体力作りは万全ですから。
☆「口うるさい」と感じると感じているわけだが、これはやはり外発的動機付けのチャンスが多い学校だということである。そしてその先の目標は大学受験準備ということは、ここでも明快である。
☆中学3年間は塾に行く必要がないけれど、高校はそうではないということだろうが、中学受験をしてきた生徒は、英語以外は、中学のカリキュラムはほぼ先取りしているから、そういう意味では塾に行かなくていいのではなく、すでに行ってきているからというのが正しいだろう。一方、だから高校では行かざるを得ない事態が生じるのかもしれない。
学業に関係のない、マンガや携帯ゲーム機は一切禁止。携帯電話も、原則として禁じています。校門で行う「一斉持ち物検査」も生徒に予告したうえで、学期に1~2回あります。規律という面ではうちは厳格でしょうね。
☆この規律を守ることで、親が安心し、学校も安心し、というのはいささか不思議であるが、持ち物検査を行うということは、この規律を破っている生徒がいるということだろう。パラドキシカルであるが、だからイノベーターが生まれるのかもしれない。あの佐藤可士和さんも、大学に入ったときの母校のつまらなさからの解放感を述べているが、そういうう意味では結果論的にはよいのかもしれない。
☆ただし、それは少数で、規律が多くの才能の芽を摘んでしまうのは、説明するまでもないだろう。もちろん、大学受験の学力以外は、学業とは関係ない才能であるという考え方もあるだろうが。
こうした試練を克服して養われていく、「集団力」というか、「組織としての団結」は社会人になれば必要不可欠になります。学生時代に「何かを努力して成し遂げた」という感動体験は生徒を強く育てます。
☆先ほど挙げた行事は、感動体験ができると。この感動体験は「集団力」ということにつながるようだが、「組織としての団結」が社会人になれば必要不可欠だという前提は、まさに20世紀型である。コラボレーションは、「集団力」や「団結力」ではない。21世紀型発想では、対話と学びの組織であることは目指すが、クリティカルであることのほうが重要である。
父親はむしろ好意的な意見が多い印象を受けます。やっぱり社会に出たら、理不尽なことや体力勝負だったりすることは多いですから。一人の社会人を育成するうえで、巣鴨のこうした行事を経験していれば、社会に出ても少々のことではへこたれない、強靭な男が出来上がると思います。
☆理不尽なことを強要する企業は「ブラック企業」である可能性が高い。社会貢献を表面的に掲げているだけでは、21世紀の企業はやっていけないのではないだろうか。
「ノーベル賞をとって世界を変えるような人はここまで努力するんだ。だったら、君たちももっとやれるはずだろう」。生徒にはそう言うわけです。
☆「努力」の意味が違うような気がするが。。。ともあれ、世界を変えるとはパラダイムを変えるということだろう。20世紀型パラダイムの中でへこたれない人材は世界を変えようと思うのだろうか。むしろコンサバ強化ということではないか。
東大合格者ばかり注目されていますが、医学部の合格実績も高いんです。今年は110人が医学部に合格しました。とある医師会では「子供を医者にしたいなら巣鴨に入れた方がいい」と言われているようです。医師として命に向き合う時に問われる人間力。その中核は巣鴨独自の「硬教育」によって養われるのだと思います。
☆「子どもを医者にしたいなら」という表現を平気で使える言語感覚が問題である。
今の世間の風潮からすると、「しっかりと面倒を見てくれる」というのは親にとって安心材料なのかもしれません。学校説明会の参加者数もここ数年で最高数になっています。塾の先生からは父親の参加率が他校と比べて高いと聞きます。
☆こういう世間の風潮には、未来がないのではないか。栄光や麻布、灘だったら、むしろこのような世間の風潮を変えることが世界を変えることだと考えるだろう。
☆男子の場合、このコンサバ風潮に会っているのが、もはや巣鴨以外にはないというので、参加者が集まっているだけと考えるコトもできる。中学受験一般として、人気が高いわけではないと思うが。ともあれ、価値観は多様だし、選択の自由であるから、一部の受験生の親には、そういう価値観を鮮明に押し出している巣鴨は、シンプルで痛快であることも確かだろう。
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