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かえつ有明の異文化交流の記事がおもしろい!

☆21会サイトで、海外帰国生教育研究家の鈴木裕之氏の記事がおもしろい。特に、同校の英語科及びサイエンス科のリーダーである山田先生のインタビュー記事は、グローバル教育から異文化の違いを知るチャンス。ぜひご覧いただきたい。

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☆今回のシンガポールでの異文化交流ワークショップに参加して、山田先生はこう感想を語っている。

「あ、これはサイエンス科でやってきたことと同じだ。もちろん、参考になる部分はたくさんありましたが、プレゼンテーションの仕方などは、むしろ、かえつ生の方が習熟している」

☆このすばらしさは、どういうことなのだろうか?未来の都市のモデルはシンガポールだと言われているところで。山田先生はこう語る。

イギリス連邦の一つでありながら、かなりアメリカの教育の影響を受けているなという感じがしました。フォームを利用して、誰もができる形にブレイクダウンする手法を取り入れているのは、おそらくシンガポールが多文化社会であることと関係があるのではないでしょうか。アメリカも移民が英語を学ぶことに対する配慮は行き届いていますから、アメリカの方法を移植する方が合理的だったのではないかと考えています。シンガポールで話をした先生方も、Learning by doingというコンセプトを重視していて、デューイの流れを汲んでいることが明らかでした。そういったこともアメリカの影響の表れだと言ってよいと思います。

☆ここは深い!イギリス連邦でありながらアメリカの教育にシンガポールは近いとは!要するにアメリカも、独立するまでは、イギリス連邦と同じ感覚だったいうことが思い出される発想。

☆アメリカが強くなりすぎたから、気づかないが、イギリスから見れば、アメリカもシンガポールも実は同じなのだ。

☆だから、イギリスはポンドにこだわるのかあ!イギリスは今でも栄誉ある孤立を守っている国なのだ。このことを忘れて、異文化交流はできない。

☆フォームを学ばねばイギリスの知的財産を学ぶことはできない。なぜなら伝統がないからコモンセンスとして暗黙知としてフォームが蓄積されていないからしかたがあるまい。

☆暗黙知としてのフォームはイギリスが握り、形式知化したフォームは、イギリスに何らかのルーツを持つ国に明け渡す。

☆ところがだ、形式知化したものはわかりやすいだけに、抜け落ちているものがかなりある。逆に言えば、それがゆえにマニュアル化も簡単だ。

☆それはメトロポリタンの美術館のヨーロッパコーナーを見れば、よくわかる。イギリスのみならず、ヨーロッパの普通の街並みも、メトロポリタンでは断片的な配置でしか復元できていない。

☆それゆえ、デザインのデザインというメタ認知がアメリカでは盛んになる。

☆ところが、日本はイギリス同様に古い国だ。だから、暗黙知としての日本流儀のフォームがある。それゆえ、欧米の近代合理主義的フォームを学ばねばならないが、ときに日本流儀の暗黙知としてのフォームが邪魔をする。

☆もちろん、19世紀ウィーン世紀末や田園都市のようなユートピア社会の発想に影響も与える活力もある。

☆さて、この日本流儀で、鬼が出るか蛇が出るかわからないが、同じような混迷は明治以来、人々の小さな関係でも起き続けている。

☆さて、かえつ有明はどうするのだろうか!山田先生はこう語っている。

シンガポールのある先生が、「教育を変えようとするなら、まず教員が変わらないといけない」という話をされていたことが強く印象に残っています。「かつては、シンガポールでも知識暗記型の一方通行の授業が行われていたが、今では生徒が中心となってリサーチをしたりディスカッションをしたり、という方向にクラスが変わってきている。それは教員の意識が変わったからだ」というのです。もちろん大学入試などの制度面の改革も必要にはなるでしょうが、教育の中心が何であるかということを教員がしっかりと持っていれば、クラスは変わってくると話す彼らの自信に満ちた様子は、かえつで進めようとしている学びの方向性について、示唆を与えてくれています。

☆教員の意識のフォームを変えようということか。意識を変えたいと思っている教師は、かえつ有明の場合は、すでに相当いる。問題はどうするかである。

☆それには、フォームが重要ということだろう。山田先生はケンブリッジにも生徒を連れて行っているし、自身米国の大学院で学んでいる。その両方の文化をシンガポールで、明快に使い分けができると感じてこられたのであろう。

☆また、今春の2期生を卒業させたのも山田先生。大学入試英語と日本人の深い問題性も理解しているし葛藤もしている。

☆昨今グローバル人材育成教育と騒がれてはいるが、そこへ向かう複雑な実態の問題を知っている有識者はいない。なぜなら山田先生のような英語の教師体験をしていないのだから、当然だ。

☆山田先生しか知りえない問題性を掘り起こした鈴木氏の功績は大きい。掘り起こしたからには、ぜひその問題性を明らかにし、日本の英語教育全体に問いかける使命を担ってほしい。山田先生と鈴木氏の二人三脚は極めて重要である。

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