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麻布 運動会中止の背景

☆麻布のトップページを開いたら、「10月5日(土)開催予定の運動会は生徒の不祥事により中止とします。 」と赤字で告知されている。

☆これを見て、さすがは名門校と思った人もいるだろうし、またかーと思った人もいるだろうし、楽しみにしていたのにーと思った人もいるだろうし、来年の募集大丈夫かなあと思ったひとなど、多様であろう。

☆私の場合は、オッ!≪私学の系譜≫健在じゃないかと思った。

☆麻布が不祥事を中止すると告知した時、校則そうあるから中止すべきであるという論理ではないからだ。そもそも麻布に憲法を保守する以上の校則はない。

☆運動会の実行委員会(「運実」)は、すべて生徒が行っている。したがって、初めからある程度の奔放さは織り込み済みだし、むしろ期待さえしているだろう。

☆創設者江原素六の目は、青年即未来で、疾風怒濤時代の生徒たちの「存在」を肯定するところから始まる。

☆しかし、江原素六は儒学やキリスト教的背景を持っているから、「当為(べき)」の背景のない「存在」は認めない。

☆しかし、校則はない。いったいどういうことか、その「当為(べき)」は普遍的かどうかとい議論や意思決定が重要なのである。ローカル普遍はいたるところにあるから、それを議論して反照的均衡点を探る。

☆ところが生徒の方は、「存在」一元論で、「当為(べき)」などいらんとなる場合もある。それはリバタリアンであり、今の法実証主義的、近代官僚国家の発想。

☆麻布は、「存在」と「当為」という関係を超越論的な弁証法的統合としてとらえているから、どちらかというと自然法論。

☆法実証主義vs自然法論になって、超越論的な価値を否定するリバタリアンという自由に対しては、憲法の精神にのっとって「中止」を決断する。

☆麻布の建学の精神に従うこと=「青年即未来」という「存在」という精神に反する場合は軌道修正を教育の上で行っていく。

☆江原素六は、自由奔放な生徒たちが、体験と議論を通して普遍的超越論的クライテリアに到達するのを待っているのである。

☆しかし、そのクライテリアを捨ててしまったとき、ちょっと待ったということになる。

☆宮台真司氏でさえ、そのクライテリアは絶対ではなく、未規定性を維持しつつとしながらも、法実証主義的枠組みでは考えない。

☆≪私学の系譜≫は、「存在」と「当為」の関係やそれぞれの根拠にたいする価値観や考え方は違うが、「存在」一元論ではない。麻布の告知は、まさに≪私学の系譜≫であることを示唆しているのではあるまいか。

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