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IB以上の教育を刺激するIBOの改革視点

☆IBのDPのイメージ図は次のようになっている。

Dp

☆コアの部分が“THE IB LEARNER PROFILE”となっている。これは、

Inquirers 探究する人
Knowledgeable 知識のある人
Thinkers 考える人
Communicators コミュニケーションができる人
Principled 信念のある人
Open-minded 心を開く人
Caring 思いやりのある人
Risk-takers 挑戦する人
Balanced バランスのとれた人
Reflective 振り返りができる人

☆のことであるが、IBO(国際バカロレア機構)は、いくつかイメージビデオを流している。

Iblp

☆またあるIBスクールでは、ラップパフォーマンスで表現している。成功しているかどうかはともかく。

Ibrap

☆このビデオを通して、イメージするものは、何も新しいものはない。クオリティが高いだろうということぐらいだろうか。

☆一つのミッションを共有しているというところは大事であるが、これも新しいものではない。1つのミッションが支配しているのか学びの組織としてミッションを共有するのか、どちらであるかは明快ではない。

☆おそらく、IBO自身もそう感じているのであろう。だから、この10のIB学習者像の変更を考えているという。この学習者像は、もともとIBスクールの積み上げの中からアンケート調査などして汲み上げられてきたようだ。

☆だから、そもそも可変的なのである。さて、何が足りないのだろう。それは“reformer”だろう。そんなものは、10の項目を関係づければ出てくるから含まれていると言われるだろうか。

☆それは外延と内包の関係で、“reformer”は内包されているからいいではない。あえて外延化しておく必要があるのかどうかということなのだ。

☆内包されれいても外延化されていないから、イメージビデオでは、“reformer”という雰囲気の映像がないのである。

☆“reformer”とは“form”を再構築する人という意味。改革者でよいのだけれど、“form”というパラダイムをシフトするという意味は明快にしておきたい。

☆というのは、IBの評価方法は、偏差値よりも優れていると思うが、手間がかかりすぎる。効率よくできるのに手間をかけているのは、ブランド力やクオリティを高めるためであろう。

☆そして偏差値もIB評価も、論理実証主義的枠組み(パラダイム)で作られているのではないかという疑わしさがあるが、偏差値は明快であるがゆえに、偏差値と違うというだけで、論理実証主義ではないかもしれないという期待が生まれる。

☆しかし、“reformer”という超越論的な発想が明快ではないということは、論理実証主義であるという可能性が高い。

☆IB以上の教育というのは、プラトンが設定した超越論的イデアとそれを批判する論理実証主義的な枠組みや普遍論争そのものを考え直そうとするものである。そしてそれこそが新しい教養なのである。

☆このことについて、日本の公立学校は意識しないように制度上出来ている。はじめから論理実証主義的に学習指導要領ができているし、法制定過程で、そこは不問に付されているからだ。

☆これは明治の民法典論争などのとき以降決着がついているとされている。

☆ところが、私立学校はこの限りではないから、自ずと超越論的枠組みで教育が成り立ってきた。しかし、その枠組みが、ポストモダン以降、経営危機にさらされ、経営上変更を迫られてきた。

☆そのとき、論理実証主義的にシフトしてしまったところもあるし、両者を脱構築しようというところもでてきた。

☆IBの今後の動向は、後者の私立学校がIB以上の教育を構築する際に非常に知的刺激をうけることになる。それゆえ、IBの教育についてリサーチすることは大いに意味があるだろう。

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