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オバマ大統領の高大一貫校の訪問は何を意味するのか?

☆日本経済新聞2013/10/26 9:16 によると、

オバマ米大統領は25日、ニューヨーク市ブルックリンの公立高校を訪問し、高校・大学の一貫教育を実施する新設実験校の試みを教育改革の模範と称賛。マイノリティー(少数民族)が多く住む地区で高校生の大学入学の機会を広げ、教育水準向上を目指すこの試みへの支持を表明した。・・・・・・・オバマ大統領は「人種を問わずすべての米国人にこの学校のような高等教育の機会を提供する必要がある」と強調した。シカゴや他のニューヨーク州の地域にも同様の高校・大学一貫公立校設置の動きが相次いでおり、Pテック(パスウェイ・イン・テクノロジー初等大学高校)の試みは全米から注目を浴びている。

☆移民・人種・マノリティーという米国事情が故に、私たちの国には関係ない。というわけにはいかない。

☆昨今、小中一貫校が100校になったという話や、日本語IB200校構想とか、センター入試を廃止し到達度テストにするという話が出てきたり、「4・4・4制」という話題が出たと思ったら「5・4・4制」の話題が出てきたり・・・。

☆「いじめ」「自己否定感増」の問題を抱えている私たちの国の教育制度も、ケースは違っても、問題発生は同構造である。つまり、制度が硬直化し抑圧システムになってしまっているということなのである。

☆それゆえ、教育制度を変えることによって、教育水準を広範囲に浸透できれば、自律して生きていく人材がたくさん輩出され、市場経済は活性化され、ハッピーになるという前提がある。

☆しかし、社会の制度も同時に変えていかないと、やはり同じように抑圧システムが蔓延し、優勝劣敗、勝ち組負け組の価値観がひとり支配しているからなかなかみんながはっぴーにというわけにはいかない。

☆いっぺんにすべてをやることはできないから、いたちごっこであるが、100年かかってもやらねばならないのが、為政者としてのリーダーである。

☆しかしながら、常に過渡期の子どもたちは、目の前の幸せを手にしなければならないというのも否めない。

☆制度に頼っていては、そこはどうしようもない。そこで、自由度の高い私立学校の出番であるが、これもまた制度と化している。

☆では、やはり市場の原理で動く民間企業かというと、市場そのものが実際には制度に規定されている部分が多いため、それをうまく活用する企業の方が利益をすぐに得ることができるから、制度を超えた自由な発想をというのはやはり無理なのである。

☆なぜ心理学が重要かと言うと、フランクルのように、アウシュビッツに閉じ込められても生きる意味を見いだせる学問であるからであり、そこは個人の力や信念でなんとかできる可能性が、「夜と霧」で証明されたからである。

☆フランクルのサバイブ体験は、想像を絶する超抑圧システムの中で、収容所の仲間と共に生き抜く知的精神的スキルを生み出した極限体験であることを誰も反論できないだろう。

☆しかし、この心理学も、個人の生きる力としてではなく、制度としての心理学となってしまうや、制度があることによって、病を生み出すという抑圧システムをまたまた生み出してしまう。

☆それゆえ、心理学者マズローは、ハンマーという道具しか持っていない人の眼には、あらゆるものが釘に見えるという警告をしたのであろう。

☆道具というモノにこだわるのではなく、道具をとりまく文脈、道具と道具の関係性など越境的な知が求められているのが今である。心理学をはじめあらゆる学問の発生時は、越境的な知として生まれてきた。それがいつの間にか抑圧システムとして硬直化する。

☆オバマ大統領の言動は、この越境的教育水準を1人ひとりにというビジョンを持っているのだろうし、状況は違っても、先進諸国の1つとしての日本も同じビジョンを共有し始めようとしているのかもしれない。

☆グローバルスタンダードが必要な理由は、ここにのみあるだろう。経済的理由は派生的なものであるはずである。フランクルの体験は、あらゆるものを奪われ捨て去られても無限に存在する者は、「私」という意味であることを示してくれているからである。

☆そして、この「私」は「個」ではなく「分人」という説がでてきた。これは今という時の声であろう。

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