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2014中学受験【027】 聖学院に集まるわけ 最先端の「教師と生徒の関係モデル」

☆昨日30日(土)、聖学院で説明会と体験授業、入試問題解説講座があった。参加者多数。聖学院の教育ソフトパワーの重要性に気づいた受験生と保護者が集まった。

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☆聖学院は、21世紀型教育を標榜しているが、今回はそのキーワードを一度も使わなかった。封印したのではない。学内で当たり前になったのである。要するに、目標にするのではなく、実践して次に進むという熱が伝わってきた。

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☆論より証拠ということだろうが、前半と後半に生徒が数学科主任の本橋先生と「対話」をしながら、聖学院の奥行きをプレゼンした。参加者は、前のめりになって聞いていたし、3分の1の方々は3回以上説明会に通っているということだったから、そのせいもあって、目頭が熱くなっている父親もいた。

☆私も涙腺がゆるんでしまった。女子校の生徒のプレゼントとも共学校の生徒のプレゼントともまったく違う雰囲気が感動的だった。もちろん、どのプレゼンも感動的である。女子校の場合は、滑らかでユーモアあるしっかりプレゼンをするのが特徴的だし、共学の場合は、男子を支える女子の姿を見ることができる。

☆しかし、男子校の場合は、血が頭にのぼって、自分の考えしか見えなくなって一生懸命に高らかに主張している姿になるはず。なのだが、聖学院は、そのいずれでもない。

☆朴訥、あるいは粋なのである。両極端のように見えるが、前者は一般生、後者は帰国生の特徴でもある。生徒自ら語ってしまうところがリアルなのだが、前者は、みなさん偏差値が低いとかで悩まないで大丈夫、聖学院で伸びますよと。

☆中1のときの写真と生徒会や記念祭(文化祭)でプロジェクトをつくって活躍している今の姿を照らし合わせて語るその姿には、朴訥としていながらも自分や世間と冷静に少し距離をおいて何が大事かそれが重要でしょうと語りかけてくる。大きく成長する実感、伸びる実感、自分に自信と勇気を持てる実感がジワーッと伝わってくる。明日の幸せは、いまここでの幸せがなくてどうして生まれるのかそう語っているかのようだった。

☆帰国生もまた学内だけではなく学外とのプロジェクトチームを結成して活動しているが、決してどういう企業と連携しているか語らなかった。なぜか、それは最後の機転の利いたパフォーマンスで合点がいった。

☆プロジェクトチームでいろいろなテーマで対話をひろげている活動をしているが、その中のテーマに戦争がないだけでは平和ではないというメッセージがある。

☆彼は、学校に企業が介在すると、ある危険性のあることを見逃さない。帰国生の生徒にとって、今グローバルと叫ぶこと自体グローバルではない。グローバル人材やその教育を「コモディティ」化する企業の思惑を見通して、コラボはするが、そこに格差の生まれる根源を見通している。

☆だから、スーパー教師である本橋先生のことを、会場に向かって「先生は強い女性ですから」と語る。そして本橋先生に「最後にやっぱり言わなければなりませんか」と質問する。本橋先生は、自分の判断で決めるべきでしょうと眼差しを投げる。

☆すると「そうですよね。聖学院の良さに共鳴して下さったら、検討してみてください」と、僕が言うのは「宣伝」でありませんよというフェイントを仕掛けて壇を降りた。粋だねえ。

☆前者が朴訥に意気を見せ、後者は粋な演出をして見せた。これができるのは、もう言うまでもないだろう。どちろも、「教師と生徒の関係」はプロジェクトチームのメンバーどうしという関係なのである。

☆しかし、互いに尊敬しているから、なあなあでもタメグチをきく仲でもない。縦の関係ではもちろんないが横の関係でもない。グローバル市民どうしという関係である。こんな学校は他にない。

☆なぜなら、聖学院は独特のプロテスタンティズムなのである。どういうことかというと、カトリックのみならずプロテスタントも批判できるプロテスタントなのである。精神を商品化してしまう宗教の危うさを認識できる宗教主義の学校である。

☆キリスト教学校では、すでに商品化されていて、大学合格実績をコモディティ化してなんとか生徒を集めているところが多い。そして、宗教学校ではないと強調している学校は、大学合格実績をあからさまに商品化して宣伝しているところも多い。

☆都立の進学重点校などは、まさにそうなっていることに自ら気付いていないほどだ。

☆聖学院のキリスト教教育とは、そのような商品化された宗教教育や商品化された進学教育を変えようとする、世界各国の「グローバル教育」と等しいと考える方が正しいだろう。

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☆だから、戸邉校長は、いっしょに世界を動かす人間になりましょうと語るのである。「いっしょに」が、どれほど参加者の胸に響いたことか。これはもう21世紀型教育であり、今の日本の教育では果たしえない絶望状況とは真逆の針路を歩んでいることを示す簡にして要を得た言葉である。

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☆世界を動かせる人間に共になる同校の教育の環境について、清水副校長も丁寧に詳細に説明されたが、7年生の担任の先生をやってきたのですという一言にすべてが集約されていた。

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☆そして、その7年生の生徒だった卒業生の保護者及び受験の時から聖学院一筋の卒業生の保護者と中1から持ちあがりで今高3の担任をしている赤熊先生との対談もあった。6年間でいかに大きく化けるのかという、これまた一貫した話だった。

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☆入試問題解説講座は、電子ボードを使って行われているというので、説明会の最後の方は、残念ながら聞けずに、実施している教室を覗くことにした。

☆すると、国語以外の授業は電子ボードを活用していた。しかし国語は使っていなかった。なんと聖学院らしいのか。画一的ではないということもあるし、生徒たちが口をそろえて語っていた、個性の強い先生方が多いということもある。

☆しかし、これは聖学院のICT教育に対する粋なパフォーマンスなのである。ICTを大いに使うメリットを大事にしているが、同時にICT教育は授業前にンインストールした教材で展開せざるを得ないから、ともすれば予定調和の授業になる。

☆それでは、劇的に生徒は伸びることはない。成長することはない。やはり日々の授業に未知を持ちこまないと。国語の宮崎先生のダイナミックな授業、執筆活動までしている内包的な文脈の延長は、現在のICTの人工言語では追いつけないのである。

☆現状の受験勉強とは、内包を切り捨て外延的な知識の体系をはかるものだ。大江健三郎も東大を一度落ちているが、そのときは社会の問題を解きながら、内包的な意味をブアーッと頭の中で広げてしまったと。

☆二回目は、割り切って受験したが、かくも受験勉強は愚かなものだと。もっとも人間は愚かな局面を捨て去ることはできない。本質を捨てることはできてもということのようだ。

☆6年間愚かでありつづけるか、愚かも本質も相交えてダイナミックな生きざまを形作るか、それは学校選択者の私事の自己決定ではある。

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