« 共立女子の教育観と21会 | トップページ | 2015中学受験生のために【035】 八雲学園 スピーチコンテストでジャンプする »

共立女子の読書 リベラルアーツとしての「思考力」

☆共立女子の教育観は、21会とシンクロしているというのは、前回述べた。それは読書感想文集「ともだち」でも同じである。渡辺先生はその巻頭言でアクロバティックな問いを投げかける。

Img080_2

☆それは、ショーペンハウエルの読書論から、読書は人が書いたものをなぞるだけではないかという問いである。

☆読書感想文を一生懸命書いている生徒に向かって、水をさすような問いである。

☆ところが、それが本意ではない。作者の考えをリスペクトしつつも、その考え方を、自分の言葉で考え、鵜呑みにしてはならないというのである。

☆なんてパラドキシカルなのだろう。

☆実はこれは、共立女子の美術もそうなのである。「ともだち」の表紙は、必ず中2の美術の時間に描いた「想定自画像」が選ばれる。

☆疾風怒濤の思春期時代の「自我」は、外部からの誘いにしたがって、つくられた「笑顔」なんかではない。その背景にある「想定自我」の探索への旅こそ、自画像は結実していくのである。

☆目に見えるものは、大概は部分にすぎず要素にすぎない。それをすべてだと錯認するなかれというのが共立女子のリベラルアーツなのである。そしてもちろん、これはグローバル教育のスタンダードでもある。

|

« 共立女子の教育観と21会 | トップページ | 2015中学受験生のために【035】 八雲学園 スピーチコンテストでジャンプする »

21世紀型教育」カテゴリの記事