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2015中学受験生のために【071】女子校アンサンブル 伝統校の良質教育の意味(3)

ところで、伝統校が集結しているのに、大妻や共立女子のような未来の経済社会に通用する人材を育成している(前者は要素還元主義で、後者は関係総体主義で、哲学の基盤は違うが)伝統校がメンバーでない。その理由はそういうことだったのかと改めて気づいた。

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こんなことを感じながら15分間プレゼンを聞いていて、ちょうど半分のところまできたところ、東洋英和のプレゼンが始まった。NHKの朝の連ドラの村岡花子の話から始まり、なるほどチャンスを利用しているなと急に現実的になった。しかし、それは一瞬だった。あとはプロテスタンティズムの話になってしまった。つまり、恵泉や香蘭とやはり根本は同じ。

プロテスタントのキリスト教の学校なのだから、みな土台は同じではないかと言われるかもしれない。いやプロテスタンティズムのキリスト教学校か、ポストプロテスタンティズムのキリスト教学校かでは、まったく違う。

たとえば、立教グループや聖学院、鴎友学園女子はポストプロテスタンティズムのキリスト教学校である。

東洋英和はSGHアソシエイトであることを語り、途上国の支援活動をプロジェクト学習のテーマにするということであるが、途上国支援活動の方法が、20世紀型経済をベースにしているとしたら、やはりプロテスタンティズムの枠組みの中から抜け切れない。抜け切る必要もないのかもしれないが。

プロテスタンティズムとポストプロテスタンティズムの違い?そんなこと考えて学校選択する必要があるのだろうか?あるけれど、そもそもそんなことはわからないと言われるだろう。たしかに。だから、プロテスタントの学校でも、色の違う学校を実際に見て、何かが違うという雰囲気を感じてもらう以外に、今のところ術はないかもしれない。

2018年になると、プロテスタンティズムが略奪資本主義を支えながら、そこで正義を調整しようとしていた社会から、ポストプロテスタンティズムが支えるシェア資本主義にシフトするのが目に見えてわかる。そのときに、明らかになるだろうと言っておくしかないのかもしれない。

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