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PISA2012 「脱ゆとり」から「脱偏差値」へ示唆

☆産経新聞4月6日(日)20時55分配信の記事「なぜ高い? アジアの子供たちの問題解決能力 日本は精神面で課題も」の見識はなかなかのものである。

2012年実施の国際学習到達度調査(PISA)で、日本をはじめアジア各国・地域の子供たちの「問題解決能力」が、欧米などに比べ高いことが分かった。アジア勢は近年、PISAに対応する教育改革を進めており、その成果があらわれたといえそうだ。一方で日本の場合、高得点をとりながら自分に自信が持てないなど、精神面の課題も浮き彫りになった。

☆ここには次の問題の視点が埋め込まれている。

1)日本をはじめとするアジア各国の子どもの「問題解決能力」が高いというのは本当か?

2)日本の場合、高得点をとりながら自分に自信が持てないなど、精神面の課題があるのはなぜか?

☆「OECDによれば問題解決能力とは、初めて経験することなど解決方法がすぐには分からないような問題が起きたとき、これまでの知識や技能を生かして状況を判断し、解決しようとする力と定義される」のに、果たして、「今回、出題と回答はコンピューターを使って行われ、説明書がないエアコンの温度と湿度を調節する操作方法を考えさせたり、初めて見る自動券売機で指定された乗車券を購入させたりする問題が出された」が果たしてこれは本当に問題解決能力をみる問題なのか?

「近年、アジア各国は知識の活用力を高めるような教育改革に、国をあげて取り組んでいる。その成果が着実にあらわれた」と、国立教育政策研究所の大塚尚子総括研究官が分析する。

 同研究所によれば、トップだったシンガポールでは、国家予算の約2割を教育関連政策にあて、理数重視のカリキュラム開発に力を入れている。

 日本も負けてはいない。

 脱ゆとり路線に転換した平成20年の学習指導要領改定後、例えば神奈川県教委は「『問題解決能力』育成のためのガイドブック」を作成。理科の実験や社会のフィールドワークなどで、状況の判断力や分析力、問題解決への意欲を高めるプログラムを提唱している。

☆「『問題解決能力』育成のためのガイドブック」でシュミレーションされるような力は、問題解決能力の定義からは微妙にずれる。問題解決能力そのものの力をみる問題と、トレーニングした成果をみる問題の違いが意識されていない論評が多いということだろう。

☆真正の問題解決能力は、未解決問題に取り組むことであり、ジレンマやパラドクスが内包されていなければならない。要するに脱ゆとりの教育政策によって、スキルトレーニングはするようになったけれど、自分に自信がもてない、自校肯定感が低いなど、それこそ永遠の人間の未解決問題であるのに、それに関しては取り組んでいないということが、今回のPISAで明らかになったのである。

☆「脱ゆとり」は偏差値重視教育である。知識の多寡やスキルを重視した教育における評価がサマティブアセスメントである限り、偏差値という統計手法をかりに使わなくても、知識量という一つの尺度で、多様な才能を持っている生徒を追いこんでいく。

☆知識量以外の自分の才能を、自ら削いでいくのだから、まさに自己肯定感や自信を取り除く恐ろしい教育が行われているのだ。

☆今回の産経新聞は、予見可能性の高い擬似問題解決能力は高いが、真正の問題解決能力を喪失させる日本の教育に警鐘を鳴らす記事である。

☆したがって、「脱ゆとり」から「脱偏差値」にジャンプしなければ、たいへんなことがおこる。

☆今世界は、1人ひとりの日本人はすばらしい才能をもっているのに、日本の国際的な政治的態度は、「共に生きること」を捨てている。どんなによき人もあの組織の論理・国家の論理によっては、あのアイヒマンのようになる。日本を監視せよと言われているのは、周知の事実であるが、その根っこが「脱ゆとり」教育政策を打ち出しているところにあるということなのである。

☆産経新聞はその危うさを問いかけている。まさに私たちの真正の問題解決能力が試される事態であると。「脱偏差値」はいかにして可能か?と。

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