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グローバル人材は海外大学で育てたほうが速い?

☆エコノミックニュース 5月11日(日)10時51分配信 によると、

グローバル化に対応した人材へのニーズに対応すべく、大学による画期的な試みが進んでいる。4月に開学10周年を迎えた秋田県の国際教養大学(AIU)や2011年に設置された沖縄科学技術大学院大学(OIST)では、学内の公用語として英語を採用し、すべての授業が英語で行われている。また教員の半数以上を外国籍が占め、徹底したグローバル教育が話題を呼んでいる。既存の大学でも慶應義塾大学が英語で行われる授業だけで学士号が取れるプログラムとして、環境情報学部に次いで経済学部でも新たなプログラムを立ち上げた。

☆AIUやOISTの方法論は、本当にすばらしいだろうか?よーく考えてみよう。本当に学生のためなのだろうか?AIUの故中島先生のときから、尊敬しつつ腑に落ちなかった。インターンシップなど頼むときは頼んでくるが、ただ日本の教育についてお話を聞きたいというだけで、急に敷居が高くなる。

☆昨年の秋も、幹部の方にお会いしたら、偏差値の低い学校とはつきあいたくないと言われ、いつからそんなに偉くなったのか驚いたが、もともとそういう官尊民卑の文化は、公立学校だからしかたがないのだろう。

☆とてもグローバルな文化とは思えなかった。現在の学長の授業の方法論としてのリベラルアーツはあるが、単独の講義としてはないのだという発言も、なんでこんなに道具主義なのかと!これではリベラルアーツの学びなどできないなあと感じた。

☆思想も哲学もない、学生募集のための方便であることがスケテ見えた。OISTについては、そうではないと思うが、要するに、英語によるプログラムも大事だが、何か社会を変えるような技術思考的イノベーションを発信してほしい。

☆それは慶応でも同じ。いつまでも国内ネームバリューで安穏としていないで頑張って欲しいものである。

☆東京在住の学生で、沖縄や秋田の大学に行くのも良いが、グローバルな視野でプログラムではなくてソフトパワーで大学を選ぶとしたら、海外の大学がよいのではないか。

☆海外の大学だと、巧まずして英語のプログラムは当たり前である。そこにコストをかける必要がない。

☆経済ベースで大学を選ぶと、英語のプログラムを作成するために無駄なコストをかけている日本の大学は、そんなによいだろうか?同誌では、次のようにも語られている。

グローバル人材の必要性が叫ばれて久しいが、求められる人材の数はまだまだ足りているとは言い難い。優れたプログラムが作られても、実際にそこから学生が育っていくのには長い時間がかかる。時代に対応できる人材育成への取り組みは、どんなに早く取り組んでも早すぎるということはないのかもしれない。

☆同感である。だからこそ、さっさと海外の大学にいくか、海外の大学と提携しジョイントディグリーのとれる大学(まだないかもしれない)にいくか考えたほうが良い。

☆幸せ度ナンバーワンのオーストラリアには、東大京大級の大学が3校はある。

☆じゃあ、日本の大学はどうすればよいの?80%を留学生と帰国生でシェアすればよい。英語のプログラムは巧まずしてできる。経営と教育の一石二鳥が成立するだろう。

☆資金がない日本人はどうすればよいの?高校時代の学びの体験で、4年先の就活先物制度でもつくって、企業が支援費を出せばよい。ギブアンドていくとして、イノベーションのアイデアを提案。それによって、支援費は返金しなくても良いという市場経済の原理を学びに埋め込む。

☆転職は?返金するかアイデアを提案するかどちらかが完了すれば、自由に転職OK。

☆会社が辞めさせたいときは?それは返金する必要はない。会社がミスマッチングしただけのことだからである。

☆現状の高校でそんなことができるのか?聖パウロ学園が併設しているエンカレッジな通信制の高校ならそれは柔軟に対応できる。

☆通信制高校の中には、たんじゅんに高校卒業資格をとればそれでよいというところもあるから、そういうところは当然企業は選ばないだろう。通信制高校の教育の質では、聖パウロにかなうところはないだろう。

☆本当に、そんなことできるのか?広尾学園がそうではないか?確か今の理事長は巨大な通信制高校関連の事業をしている。広域制だから、全国の高校生を受け入れられる。そのネットワークの中に進学実績の高い広尾学園が位置づけられれば、巨大な高校王国ができる。広尾学園の教育の質があれば、聖パウロのような質も担保できる。

☆それが織り込み済みだから、企業との連携もスムーズだし、企業関係者も応援するのだろう。文科省や東大にも食い込んでいる日本全国ネットの教育関係企業も力を入れるのは、そこに合理的あkつ予見可能な計算があるからに違いない。

☆そんな馬鹿な!違う!とか言われるのでは?そんなことは全くない。ビジネスとして、それを考慮に入れない方がどうかしているからだ。

☆東京の私立学校は、教育が未来につながる拠点。企業にとっては、その未来はビジネスの未来という修飾語付きであるのは言うまでもないだろう。

☆それゆえ、学びは「充実志向」「実用志向」を重視し、「報酬志向」のような功利主義的な発想を排除するべきであるなどという世迷いごとを大の大人が言うものではない。

☆経済史てきにみても、文化人類学的に見ても、社会学的に見ても、「報酬志向」という交換システムは重要であり、それを禁忌の対象とすることに拠って、権力的コントロールが「充実志向」「実用志向」という名目で働いているのである。

☆こんな分類を教育学の中で得意げに語る学者も学者だが、それをありがたがるコンサルタントもコンサルタントだ。自分の仕事を正当化するより、「交換―権力―略奪」を「交換―贈与―純粋贈与」の経済システムに転換して、ビジネスを正々堂々とやればよいだけではないか。

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