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豊島岡女子のイノベーション

☆豊島岡女子といえば、東大と医学部と部活を前面に出す典型的な20世紀型教育推進校。それは、東洋経済オンライン編集部 (2013年05月20日)の記事「女子御三家を猛追!豊島岡、脅威の「集団力」 豊島岡女子学園 竹鼻志乃校長に聞く」で、校長ご自身が明快に語っている。

☆何が御三家を猛追しているのか、本当のところよくわからないのだが、東大と医学部進学実績という切り口で比較すればということか。

☆しかし、桜蔭はともかく、JGや雙葉とは、価値観が全く違う。桜蔭と豊島岡は、合理的で価値相対主義で功利主義的な、要するに日本人的な価値意識がベースになっている。

☆一方、JGや雙葉は、宗教性という人間の合理的ではない部分をいかに昇華するかが価値観のベースである。

☆合理的で価値相対主義で功利主義的な価値観というのは、不合理や正義や市場原理を倫理的に規制するものを取り除く操作性が働く。だから、「かわいこちゃんになれ」ということばがあったのだ。おそらく今もその雰囲気は続いているだろう。

☆特に説明する気もないが、今の時代、このことばを耳にすると、アレッと思う人も多いだろう。ある「シグナル」を発している。

☆とにも、それは学校それぞれの方針だから別にかまわない。ただ、不安に思うのは、JGや雙葉を志望している受験生が、併願校として同校を選択する。

☆合理性をつくる操作性をよしとする価値観をもった生徒と人間の合理的でない面(まさに文学的哲学的宗教的なのだが)をいかにして昇華するかに価値を置く真逆の生徒とが両方入学してくるのである。

☆同記事の中で、竹鼻校長はかく述べる。

「部活だけをしに来ている生徒がいることでしょうか。部活だけを頑張っているようではだめですよね。今後は学力の面で言えば、「すべての生徒を希望の大学に合格できる水準まで引き上げる」ことが課題、というか目標ですね。」

☆JGや雙葉なら、部活だけがんばっている生徒も受容されるはずだが、部活動を推奨していながら、それだけではダメだという評価をするのが豊島岡女子なのである。

☆JGや雙葉における部活動は、リベラルアーツなのである。授業にも通じるのである。

☆豊島岡女子におけるクラブ活動は、クラブ活動でありそれ以上でも以下でもないのである。たしかに合理的なのである。

☆つまり、JGや雙葉を志望してきた生徒の価値観は無化されてしまう可能性がある。

☆ところが、豊島岡女子のサイトにこんな活動報告の記事が掲載されていた。「2014.7.14  第6回 哲学カフェ」がそれだ。

☆上智大学の寺田教授がファシリテータで、同校図書館で、中1から高3までの生徒14名が参加したという。立教大学・日本大学の大学院生と共に「個性とは何か」について120分間討議したということだ。

☆第4回・第5回のファシリテータは立教大の河野哲也教授。教授の著書は、早稲田大学や東京大学の現代文の素材でも出題されているからそれを読む限り、またおそらく寺田教授もカトリシズムの影響は受けているだろうから、共に合理的でない人間の心をどのように理解するか哲学しているのではないだろうか。

☆参加者は全体の0.8%にすぎないが、最初の破壊的イノベーションは小さいものである。JGや雙葉を志望していた生徒の価値観が行かされる場ができるということか。

☆その予兆は、哲学カフェに参加した生徒の次の感想にある。

「個性がないことは悪いと思っていたため、衝撃を受けた。まずは自分を見つけること、そんな自分に自信を持つことから始めたい」

「個性についてのまとまった体系が見えてきた」

☆これだけでは、わかりづらいが、明らかに「今個性的たらんとすることは個性的でない」というパラドクスを、麻布やJGの生徒が議論するのを好むのと同じ感覚が横たわっている。

☆もっとも「校長ブログ豊ちゃん日記」で「哲学カフェ」が取り上げられていないのは気にはなるが・・・。

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