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21世紀型学力観の旗手海城教頭中田先生(3)

☆前回「グローバル人材育成のために、IBが話題になっているわけだが、小林氏や高宮氏の話をみていると、やはり当然ブルーム型タキソノミーのメタ認知レベル、自己決定としての評価レベルの学力観を語っている」と書いたが、その意味がどういうことかわかるだろうか。

☆この意味がわからないと、同誌のグローバル教育最前線で紹介されている豊島岡女子の「グローバルな社会問題に多面的にアプローチする力を養成する『社会科ミニシンポジウム』」という取り組みが、グローバル教育でもなんでもなく、東大・早慶レベルの入試問題を解けるようにするトレーニングに過ぎないことがわからないだろう。

☆この同校のプログラムは、タキソノミーで言えば、「知識」と「理解」のレベルでできてしまう。もちろん、記事から全貌はわからないが、生徒はもっと高いレベルで考えている。こんなくだりがある。

「社会科ミニシンポジウム」では、ときには議論に熱が入るあまり、司会進行役の教員の指示を仰がずに、勝手に生徒同士で議論を始めることもあります。けれども、私たちはそれでいいと考えています。シンポジウムの形式やルールを知ることが目的ではなく、自分の考えを深めることが大切だからです。

☆ここはグローバル教育のものさしで語られていないことがわかるだろうか。結局、メタ認知と自己決定としての評価のレベルに到達していないと、道徳と法の区別がつかない。宗教と科学の差異が意識されない。学びと学問の差異と相互作用の区別が意識されない。政治経済と法の差異が認識されない・・・ということが起こる。

☆つまり、このシンポジウムは下手をすると道徳教育になりかねない危うさがあるというリスクマネージメントがされていない。

☆これでは、グローバルな世界でディスカッションするステージに立てないのである。

☆東大、早慶に入ることが目的なら、今のところまだ大学入試改革も進んでいないから、これでよいのだろうが、これをグローバル教育最前線の例として取り上げるのは、不可思議である。大学受験勉強最先端教育というのなら、大いに納得もするが。

☆いずれにしても、「勝手に生徒同士で議論を始めることもあります」というフレーズで、「勝手に」という言葉には「道徳」がはいっている。「生徒同士で議論」というのは、メタ認知レベルに飛に出そうとしている生徒がいることを示唆している。教師と生徒のGAPがある。

☆「私たちはそれでいいと考えています」とは?。はじめからそういうプロセスが準備されていなかったということを示しているからだ。

☆「シンポジウムの形式やルールを知ることが目的ではなく、自分の考えを深めることが大切だからです」といのは、これも?。シンポジウムの形式やルールは、道徳ではなくて、「考えを深める」ためのプログラムとして重要なのであり、道徳ではなく、認知プロセスをサポートするソフトパワーであるはず。

☆そういうことを考えるデザイン思考こそ、小林りん氏の言うように、重要であるというのがグローバル教育なのである。

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