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アクティブラーニングの必要な社会的背景 本田由紀氏と首都圏模試をヒントに

☆東京大学の教育学部は、あまり信用できない教授陣が多い。いいなあと思うと、権力闘争に敗れて他大学や海外に行ってしまう。そんな中で、そこそこ信頼できる教育社会学者がいる。本田由紀先生がその1人。

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☆社会心理学という背景を排除(東大教育学部は、基本は文科省のご意見番だから、そこのクリティカルシンキングは面倒なのである)して認知心理学とか教育心理学が巨大なのだ。

☆ジグソー法は、本来教育における人種差別とかダイバーシティ―の問題を解決する学びの方法であるのに、確かな学力を高めるために使われているのには、悪くはないが、問題意識を無視した活用に気持ちが悪くなる。

☆その点、本多由紀先生は、教育・家族・仕事・政府の諸関係を特に第二次世界大戦以降を4期に分けて、教育の社会的背景を問題の前提として、教育に対しクリティカルシンキングを発動する。

第1期・・・第二次世界大戦から1973年

第2期・・・1973年から1991年

第3期・・・1991年から2010年

第4期・・・2010年以降

☆そうは言いながらも、実際には3つに分けていて、少しあいまいな部分もあって、そこは読み手が補って読まなければならない。

☆何を補うかというと、本多由紀先生は、公立学校の教育と家族・仕事・政府の関係しか分析していない。しかし、たしかに人口比は超少ないが、社会にインパクトを与え、本多由紀先生が分析している社会の構造に少なからず影響を与えている人材や組織を形成している私立学校の教育と家族・仕事・政府の関係を分析していない。

☆この部分を補うと、4つに分けるのは、明快になってくる。本田由紀先生の下記写真の図は、第1期から第2期にかけての関係図だ。

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☆これだと、第1期と第2期に分ける必要がない。しかし、私立学校の諸関係を挿入すると、分ける意義がでてくる。というのは戦後直後の教育基本法は、私立学校関係者が、教育刷新会議を牽引し、啓蒙主義的教養主義のポジショニングに教育を設定しようとした。

☆しかし、明治以来の優勝劣敗、天賦人権説否定説が、高度経済成長期を牽引した。第2期は、私立学校といえども、その流れに巻き込まれていく。

☆そして、本多由紀先生は、第3期バブル崩壊の1991年以降の経済の空白期の教育・家族・仕事・政府の関係を次のような写真で表現している。

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☆前の期の図とは違い、父・母・子の役割分業体制という紐帯は崩れ、自己責任という名の個人の微分化がおこる。これをなんとかしようと「ゆとり教育」が生まれるが、その当時はこのような社会背景を明確化できなかったので、新自由主義者によって今でいうアクティブラーニングであった「総合学習」悪玉論議が沸き起こった。

☆一方私立学校は、バブル崩壊だでけなく、そのトリガーになった1989年のベルリンの壁崩壊の今後を追って、リサーチ・ディスカッション・プレゼンテーションを重視しはじめる私立学校が生まれてくる。

☆もっとも、そのような私立学校はクレイジー!と塾・予備校から非難されたために、国際理解教育という場でアクティブラーニングを隠しながら歩んだ。

☆本来、この格差社会、自己責任社会、新自由主義社会のゆがみを是正する動きが脱ゆとりで反動的憂き目にあった。そこで、なんとかせねばというので、民主党時代の鈴木寛氏が、このような社会循環を悪循環とし、好循環にするにはどうするか文科省を揺さぶった。

☆経産省はいち早くその動きに乗り、グローバル人材育成社会に舵を切った。ただし、そのグローバル人材は、ひと・かね・よくのグローバルな闘争を意味するから、ますます格差は広まるばかりだった。

☆そこで、文科省は2010年ころから、脱ゆとりではなくグローバル学習指導要領改訂作業のために、世界先進国ので勃興している21世紀型スキル教育あるいは社会構成主義的学習をリサーチしはじめた。この教育の動きは、家族も仕事も政府もシンクロして起こり、本多由紀先生は次のような社会構造の仮説を立てている。

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☆仕事→家族→教育→・・・という一方向的な負のスパライルから脱するには、仕事と家族、家族と教育、教育と仕事がコラボレーションしなければならないと。サンデル教授のコミュニタリアニズムのポジショニングに軸足を置いた考え方だ。

☆それゆえ、セーフティーネットだしアクティベーションが基礎だと。このコラボレーション、セーフティネット、アクティベーションこそ、本来のアクティブラーニングであり、それが研究や仕事にシフトするとプロジェクトマネジメントとなる。

☆しかしながら、この未来の社会構造図はそれまでの図に比べ、まだまだ抽象的だ。そりゃあまだ進行中だからだと言われるかもしれない。

☆いや、そうではない。私立学校の視点が抜けているからだ。基本的に啓蒙主義的なリベラルアーツ、世界言語、ICTを駆使するクリエイティブクラスの人材を入れていないからである(公立学校もICTなどを活用しているが、アンチ啓蒙主義=優勝劣敗主義、アンチリベラルアーツ=実証主義、アンチ世界言語=実用英語、アンチ考えるICT=使えるICTというラインナップ。自分はそうでないという教師もいるが、制度上のがれられないのである。その中で自分の生き方を貫くことには、敬意を表する。アウシュビッツを生き抜いたフランクルさながらであるからだ。がしかい、フランクルとの大きな違いは、世界を変えることができないということだ)。

☆なぜ入れないのか?それは本田由紀先生は公立学校の分析をさらに絞っているからだ。つまり、公立学校出身でもさらに「ジョブ型」の仕事に就く人材を想定して考案しているからである。

☆しかし、この「ジョブ型」の仕事は、2030年には半分以上がなくなる。そこまでは、第3の図では描ききれていない。バーチャンルあるいはクラウド上の経済活動を射程に入れていないのだ。

首都圏模試センターが企画している「希望の私学」のパースペクティブは、そこを自分たちで描いてしまおという志である

*写真は、すべて「社会を結びなおす 教育・仕事・家族の連携へ」本田由紀著 岩波ブックレット№899のものである。

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