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2016首都圏私学選択リサーチ【03】分析準備のために(3) 恵泉の場合

☆20年前だっただろうか。比較的小さな教室(6年生が120人くらいしかいなかった)で、中学受験生と戯れていた。その教室からは恵泉や駒東が近かったということもあって、最終的には両校とも10人以上合格した。

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☆冬期講習は、受験生は午後からだったから、午前中は面接の練習と称して、気合と勇気と自信を与える活動を行った。当時は女子校のみならず男子校もまだ面接があった。かりになくても駒場東邦や麻布、雙葉、恵泉、普連土は記述式問題が多いから、表現力の練習になるということもあって、自由に参加していた。

☆面接の練習をする前に、志望理由と入学したらどんな活動をしたいか、どんな社会問題に心を痛め、どうしようと思うのかなどを書くという課題をだしていた。これは全員書かねばならない。自由参加と言いながら、結局は全員なのだ。

☆その教室は、一番できるクラスを持っていた先生方が、他塾に移るとき、生徒を一緒に連れて行くいわゆるクーデタを起こしたという事情があった。

☆動揺が激しかった4月に急きょ本部から収めるようにとシフトされた。あのときの子どもたちの不信、保護者の怒りは3ヶ月くすぶった。しかし、とにかく200字記述を問いかけた。池上先生の文章と詩をセットにして、共通点を200字で描く記述を課した。

☆毎回毎回書き終わるまで生徒も残った。保護者も最初はぶーぶー言いながらも、子どもたちが変わっていく姿を見て協力してくれるようになった。

☆しかし、今度は自分が担当していないクラスから問題が起こった。先生方とそのクラスの女子生徒とその教室の女性スタッフと何度も話し合った。そして、問題を追求するために、まるで夜回りをするかのように、問題の子どもたちのあとを追った。ゲームセンターにいっては、連れて帰った。電車もいっしょに乗った。

☆その間、自分のクラスは、問題を解いていた(もちろん、放課後は、補習禁止の塾だったが、そんなことはいっていられない)。解答は貼りだしていたから、生徒たちは自己採点。というより私の優秀な弟子たちが面倒をみてくれて、先生行って来いよ、こっちは大丈夫だと言ってくれた。そのとき、やっとクーデタで突き刺さっていた不信の氷の矢が氷解したと感じ入った。

☆彼らは、麻布や筑駒に入っていった。応援の当日、いつも口数の減らない連中だったのが、その時は、互いににっこり笑って固く握手しただけだったなあ。

☆もちろん、問題は解決し、問題を起こした子どもたちは冬期の面接練習のとき、「もっと前から勉強していればよかった」とポツリと言った。そのとき私は「これからだ。がんばれ」というのがやっとだった。そんな状態にしたのは、わたしたち大人じゃないか。しかし、反省していても時間はもどらない。とにかく面接のときに彼らと問答をした。

☆そして、その日のうちに彼らの書いた記述に、エールをおくる文章を書いて返した。4月のときのあの暗い光を向けていた目は、完全になくなっていた。生徒たちは、廊下ですれ違うたびに、状況や経過を報告してくれた。私は「わからないことがなぜわからないのかどれくらいわかるようになっているのか」だけ聞いた。あれこれ生徒は回答していた。

☆もし周りから見られたら、入試直前になんで禅問答をと思われたかもしれない。

☆そんな一年を恵泉や東洋英和を受けて合格した彼女たちは、見ていた。見守るというより、問題解決のために話に応じてくれた。当時は恵泉はグループ面接があった。共同作業を通して面接をするというタイプだったと記憶している。

☆したがって、そのとき恵泉を受験する生徒は、志望理由などを書くだけではなく、模造紙に物語を協働で作ってデザインする、今でいうワークショップをやって、プレゼンしたり、その編集過程で自分はどんな役割を果たしたかなど問答した。

☆今は恵泉はそんな面接はしない。しかし、恵泉のOGは、自分で考える癖がついたのは、「感話」という自分の想いや考えを礼拝のときにプレゼンするチャンスがあったからだと回想する。

☆入試では面接はなくなったけれど、6年間の授業では、ちゃんと「感話」という骨太の思考力・応用力・表現力を培う学びが貫徹している。

☆それにしても、面接の練習で今でいうアクティブラーニングの創意工夫を私に課した恵泉は、先進的というほかあるまい。

☆創設者河井道は、恵泉のグローバル人材のロールモデルである。マイランターンを英語で書いて、日本の文化や教育を米国に伝えた。師事した新渡戸稲造の「武士道」がモデルだったのだろう。

☆そのとき米国のエリートと絆を広げた。それが戦後復興の道を開く偉大な活動になったのだ。

☆今も河井道のランターンの光に導かれて多くのグローバル人材が輩出されている。彼女たちの「感話」の蓄積は、「思考コード」によるアセスメントをかなり満たす。チームワークと突破思考は最高だ。

☆私はそれを20年前彼女たちから学んだのである。

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