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新6年生のために(07) 日本の公立中高の教育がなぜ危機なのか。

☆2020年に向けての日本の教育改革は、大学にとっても、中高にとっても必要である。しかし、大学はうまくいくが、公立中高ではうまくいかない。

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(拙著「名門中学の作り方」52ページ。2008年に出版したので、ククオリティスコアの項目は新しくしなければならない。ただ、新しくしてもこの座標枠組みはまだ有効だろう)

☆なぜかというと、公立学校は、教育改革後も、エリートスクールかトラディッショナルスクールの枠組みから脱することはできないからである。

☆そしてスーパーグローバルティーチャー(SGT)は、クオリティスクールかエクセレントスクールで育成されるから、なおさら公立中高は、グローバル大学に接続しにくくなる。

☆これは、公立中高の教師の能力がないとかそういうことを言っているのではない。教育制度上、公立中高の教師が学校でスーパーグローバルティーチャーのロールプレイができないところに問題があり、実は私立も中高一貫校でなければ、十分にSGTは育たないのである。

☆いったい教育制度上何が壁なのだろうか。それは公立は中学では、進学は完全なエリア配分だし、高校入試も偏差値輪切り配分になっていて、教育の質の競争がない。公立中高一貫校とて、結局は配分である。どの小学校からも一定数入学しなければ不平等感がただようから、そうはしていないはずだ。

☆教育の質の競争のないところに、つまり教育の質に投資活動ができないところで、どんなにがんばっても、教育の質は飛躍しない。したがって、その飛躍をこそ創造するのがSGTのロールプレイだから、公立中高で、教師はSGTになれないのである。

☆私立の併設型中高一貫校は、高校入試があっても、教育の質の競争になる中学受験市場に接しているから、学校全体としてはSGTが輩出されるチャンスがある。

☆もちろん、私立高校は、中学が併設されていなくても、自己肯定感の低い生徒に自信を回復するすばらしい学校、聖パウロのような学校もある。しかし、それはよほどのミッションを抱かない限り難しい。

☆ただ、ミッションを抱ける自由があるのが、私立学校である。

☆いや、公立中高だって、アクティブラーニングをやったり、キャリア教育を実施しているすばらしい教師がいると反論される方もいるだろう。

☆私も、すばらしい教師はいると思う。しかし、SGTにはなれないよと言っているだけだ。

☆そして、SGTにならなければ、アントレプレナーシップもインセンティブという概念や気概を、生徒と共有できないと言っているのである。

☆基本、私立学校の資金調達の方法は、補助金だけではなく、起業的センスを発揮できるのだ。投資を取り付けることができる。そのアイデアと実行力こそSGTなのである。だから、基本SGTの先生方は広報活動ができなければならない。

☆広報活動なら、公立中高だってやっていると、また反論されるだろう。しかし、資金の出どころは、基本自治体や国である。そこからいかに拠出させるかという政治的な動きをする教師は公立中高にもたくさんいる。

☆しかし、それは経済的なセンスではなく、政治という権力を使うオールドパワーに過ぎない。

☆ところが、SGTは市場の原理を活用する。市場はもちろん政治もからんでくる。ただし、そのときの政治は、介入というパワーが働かないようにする、リスクマネジメントという意味でニューパワーなのである。

☆公立の先生方がアクティブラーニングの研修をして、アクティブラーニングは是か非かで議論している姿を見受けるが、現状アクティブラーニングは、大学入試改革のために必要なのであって、アクティブラーニングが市場の原理を支える意味で重要だという認識はない。

☆そもそも知識がまず必要だ、教える教わる関係もあるところまでは必要だという考え方は、市場の原理を無視する考え方であり、まったく民主的でもない。学習の権利など認識する必要は、現行の教育制度上ないのである。

☆学習の権利は、先進諸国との仲間であり続けるために必要であり、現行の教育制度上必要なのではない。そこの法制度上の溝を解決しようとしないで、俺はアクティブラーニングができるが、おまえたちはやろうとしない、なぜだ、頑迷固陋だと言っていても、何をしようとしているのか、私には理解できない。クリティカリシンキングが作動しないアクティブラーニングは、そもそもアクティブラーニングではない。

☆これはある意味、日本の教育制度はグローバル市民の教育制度と大きな溝があるということを意味している。

☆ここに、日本の公立中高の教育の本当の危機が横たわっているのである。今保護者にできることは、この制度からの回避である。それが、私立中高という未来からやって来た留学生の救いの宇宙船ノアに乗り込むことなのだと思う。

☆ただし、私立学校も目先の利益に翻弄され、エリート公立中高と同じように進学実績を重視し、エクセレントではなく、自らエリートスクールにおとしめている残念な私立学校もある。

☆いずれにしても、乗れない子供がほとんどではないか?残念ながらそうである。だから、次に公立中高の教育制度を改革しなくてはならない。

☆でもそれを阻止しているのが、ある最大規模の教育関連企業である。企業という形式をとっているが、文科省に取り入り、その補助金をゲットして公立学校に入り込んでいる組織である。

☆市場の原理をまったく考えていない第三機関のごときロールプレイを貫徹している。そのようなところとコラボしている教師は、生徒の自由の翼をもぎとる事業に加担しているとさえいえよう。

☆そこからいかに自由になるのか。いっしょに考えたいものである。

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