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新6年生のために(15) 21世紀型教育のコミュニケーションとは?

☆2015年は、20世紀型教育から21世紀型教育へのパラダイム転換が中学受験でも起こったエポックメイキングな中学入試だったという認識が広まり始めている。

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八雲学園では、中3生全員がアメリカ海外研修に行っている最中。八雲レジデンスの一シーン

☆実際、昨日の21会進撃セミナーもそのようなベクトルで講演やパネルディスカッションが行われた。参加者も多く、じっくり21世紀型教育とは何か考える場となったと思う。

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(富士見丘:「bursa(ブルサ)」というボードゲームを媒介項として、株式の売買を体験)

☆パネルディスカッションのコーディネートのチャンスを頂いたが、明快なコーディネートだと言われた一方で、ストレスが高かったという感想もいただいた。

☆というわけで、21世紀型教育はコミュニケーションが大切であると言われているし、私自身も言っているので、改めて「21世紀型教育におけるコミュニケーション」とは何かについて、思いめぐらすチャンスをいただいた。

☆コミュニケーションとは相互通行型スタイルではある。この意味での「コミュニケーション」は形式として誰が見ても迷わず「コミュニケーション」だとわかる。しかし、このような外示(デノテーション)の意味での「コミュニケーション」であれば、20世紀を問わず、人間はコミュニケーションをする動物であるから、何もことさら21世紀型教育のコミュニケーションという必要はない。

☆結局何が違うのかというと、その含意・内示(コノテーション)が違うのだろう。相互通行型というデノテーションの意味でのコミュニケーションでは、教える教わるの関係ではなく、互いにシェアできる関係というコノテーションがデノテーションと表裏一体になっている。

☆ところが、コノテーションは必ずしも一義的ではなく、人によって感じ方が異なり、多義的だ。そう考えると、教える教わる関係のコノテーションは、20世紀型教育の含意ではなく、多義的なコノテーションの1つに過ぎないということがわかる。

☆したがって、20世紀型教育のコミュニケーションのコノテーションは、教える教わる関係であるというのは、それもまた違うことになる。20世紀型教育のコミュニケーションは、教える教わる関係という一義的なコノテーションを逸脱することを抑圧するシステムだったというところに問題があったのである。

☆だから、21世紀型教育のコミュニケーションのコノテーションには教える教わる関係がないとするのも、実は違う。それだと20世紀型教育のコミュニケーション同様抑圧が働いているから、結局は20世紀型なのである。

☆21世紀型教育をわかりやすく表現してくださいとか、わかりやすく表現するべきだというのは、そもそもが20世紀型教育。なぜなら、わかりやすくはデノテーションになりがちだからだ。誰もが見てわかるデノテーションを並べたところで、21世紀型教育の真意は伝わらない。

☆しかし、その配列の「配慮」によって伝わる錯覚が起こる。なぜなら、デノテーションは、コノテーション作用を抑圧することはできない。徹底的にデノテーションにこだわることによって、組織の意志が1つであり、シンプルにメッセージを伝えることができるが、聞き手の自由なコノテーション作用を抑えることはできない。

☆そこでマーケティングだ。どのデノテーションの配列が、最大公約数のコノテーション作用を引き出せるのか。徹底したデータマイニングをするというのは、デノテーションが引き出すコノテーションの関係=ニーズをリサーチすることであり、記号操作をするということなのである。

☆21世紀型教育は、そのオープンというデノテーションの背後に隠れた記号操作を見破り、自由な発想を取り戻すコミュニケーションシステム―クリティカルシンキングとも言われるが、―の学びの場であるはずだが、教育心理学がそれを阻む。教育心理学とは意味の記号操作であり、多様と言いつつ、解釈の一義的判断をシェアする領域である。

☆だから、こうも言える。20世紀型教育は教育心理学(心理学とは微妙に違う学問)ベースであり、21世紀型教育はクリティカルシンキングベースであると。

☆しかし、そんなパラダイムシフトはいかにして可能か?一瞬絶望的になったのだが、そんなとき、ある少年がトリックスター(麻布生的とでもいおうか)を歓迎するよという眼差しでSGT(スーパーグローバルティーチャー)と話している姿を見て、一筋の希望の光を見出した。

☆21世紀型教育は21世紀型人間どうしが話し合ってつくっていくのだろう。当面私をはじめ、20世紀型人間が、自らを乗り越えようとするが、結局20世紀型人間であるほかない世代も参加するが、邪魔してはいけない。

☆できるとするならば、21世紀型教育を構築しようというSGTや子どもたち=未来からの留学生の活動を応援することだろう。昨日は、私にとって、今後の21会のセミナーやカンファレンスは、21世紀型SGT及び子供の応援を鮮明にしていく必要があると再確認する場となった。

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