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21世紀型教育を求めて≪13≫ かえつ有明 新プロジェクト発進

☆4月7日、すでにご紹介したように、新校長石川校長、新体制、新中1、新高1によって入学式が開催された。そして、その日の夕方、新プロジェクトがスタートした。名称は「知のコード」プロジェクト。とにも、その日は終日「新」づくしだった。

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☆かえつ有明には、今では相当有名になった「サイエンス科」というプログラムが中学校3年間を貫いている。入学式で新中1の代表に「誓いの言葉」の中で、サイエンス科でクリティカルシンキングが学べるのを楽しみにしていると言わしめたほど。

☆また、新高1の代表も同じく「誓いの言葉」の中で、かえつ有明のリベラルアーツを学んできたし、これからも学ぶことで、世界の痛みを解決できるように貢献していきたいと決意を表明した。このリベラルアーツこそ、思考の土台であり、共感できる清浄な徳がコンコンと沸き出でる泉である。

☆かえつ有明は、このクリティカルシンキグやリベラルアーツを「サイエンス科」という授業の「型」によって、つくりあげてきた。

☆そして、高校でこれまた新しい試みである「プロジェクト科」に挑戦する。共感的コミュニケーションをベースにすることによって、この「型」を脱して、より教科横断型の授業に繰り広げられるようになるのだろう。

参照)「かえつ有明 教科横断型で共感的世界」

☆教科横断型の授業は、多くの学校でもその必要性が叫ばれながら、遅々として進まない。世界のモデルであるフィンランドの教育でさえ、2016年から2020年にかけてマルチディシプリンの授業を大きく展開しようということになっているぐらいだから、実は教科分断型の授業が中心だったのである。

☆そういう意味では、かえつ有明は、やはり時代や世界の求めるものをしっかり見通している。この見通しが新校長石川先生のビジョンであることは言うまでもないだろう。

☆さて、どんなに自由にアドリブで音楽が奏でられようとも、背景には楽譜がある。楽譜はしかし、まだ具体的である。その楽譜を形作るルールがシンプルに存在している。

☆強いテニスプレイヤーも野球選手も、その身体的な能力は、やはり身体の均整を最適化するルールによって形成されている。

☆スピーチや議論も、自由な表現をより増大させるシンプルなルールによって生み出されている。

☆しかしながら、これらルールは、普段は意識されない。コンクールなどで音楽の奏で方を改善しようとしたとき、スポーツ選手が壁を破るために身体の動きや型を改善しようとしたとき、プレゼンによってより参加者を世界に導くためにいかに改善するかを考えたとき、きちんとルールやセオリーの基本に即しているか、そしてそのうえでそれを超越するオリジナリティが十全に発揮できているかモニタリングする。メタ認知すると言ってもよいだろう。

☆さて、それは授業でも同じである。しかし、なぜそれが今まであまり話題になってこなかったのだろう。そして、新校長石川先生のビジョンではなぜ必要なのだろう。

☆おそらく、それはクリティカルシンキングとクリエイティビティを前面に押し出してきたことゆえに、必要になってきたのである。その部分はかつては地頭の強い生徒にまかせっきりだった。

☆ところが、石川校長は、かえつっ子は、未来からやってきた留学生であるから、全員に可能性が広がっている。それは地頭の強い生徒だけの特権ではない。だから、全員がクリティカルシンキングやクリエイティビティをつかみ取らねばと。

☆すると、そのメカニズムを知る必要がある。ところが、ロジカルシンキングまでは、AIロボットがすでに得意としていて解明されているが、クリティカルシンキングとクリエイティビティはまだ解明されていない。

☆ダ・ヴィンチが、ヴェロッキオに弟子入りしていた徒弟時代、たいていの弟子は身体知として暗黙知のままで体得するよりほか術はなかった。もちろん、ダ・ヴィンチはその暗黙知をすでにダ・ヴィンチコードとして解明していた。

☆だが、その知のコードであるダ・ヴィンチコードは、今のところ奥義として隠されている。多くの学者がこの奥義の解明のために研究を続けてきたのである。

☆石川校長もまた、ある意味、このリベラルアーツのルーツであるダ・ヴィンチコードさながらの知のコードの解明に乗り出したのである。もちろん、知のコードは、昔から研究されている。特に1957年スプートニクショック以降、米国の認知科学者たちは、ここに挑んできた。

☆2016年本格化する新学習指導要領も、この57年以降の成果の流れにあるマルザーノのコードを活用する予定。OECD/PISAやマイクロソフトとピアソンが試みているディープラーニングもこの流れをくんでいる。しかし、実はエスタブリッシュな学習はカットしているために、ロジカルシンキングまでのコードしか解明されていない。

☆クリティカルシンキングやクリエイティビティはAIという人工知能にとっては、判断がつかない。なぜなら、これらが作動する場は、ジレンマ、パラドクスであるから、論理的に破たんするトポスなのである。

☆AIにとってそのトポスはバグであり、消去すべき恐るべき場所なのだ。しかし、人間にとってはそのトポスは存在の故郷である。

☆だから、この存在の故郷である知のコードの行方を追ってどこまでも歩いて行こうと新校長も中1も高1も互いの誓いの言葉の中で確認し合ったのである。

☆壮大な知の旅に「知のコード」プロジェクトチームは出発した。母船かえつ有明号を先導しながら。

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