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21世紀型教育を求めて≪20≫ 21世紀型の思考力テスト

☆東洋経済ONLINE2015年04月16日で、小林 公夫(一橋大学博士、作家)さんの <「コートの男」で小論文…何を書けば受かる?イマドキの医学部入試で求められる資質とは>が載っていた。

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(順天堂大学医学部の一般入試の小論文の問題「キングス・クロス駅の写真です。あなたの感じるところを800字以内で述べなさい」)

☆同記事で、この順天堂大学医学部の問題について紹介があった。正解がないわけだが、医学部の入試であるというポジションを前提にして、医者のマインドや科学的視点で書いてみることが推奨されていた。

☆実は、このような問題は、昨今話題になっているIBのTOK(国際バカロレアの知の理論という哲学的講座)や21会の学校で行っている「思考力テスト」とコンセプトが重なるところがある。写真を素材するパターンは、聖学院やかえつ有明でもすでに出題しているし。

☆ただし、「TOK」にしても「思考力テスト」にしても、このような隠れたプロフィールを探らせるところからははじめない。

☆明快にポジションを設定するか、設定せよという問いかけがあるし、どの視点で書くかは自由なのか、条件として提示するのかははっきりさせる。

☆医学部であろうが、科学的視点であろうが、アート的な視点を重ね合わせることも可能なのである。狂気と芸術性の視点で書けば書けないことはない。

☆ところが、医学部だからで、枠組みが暗黙に設定されるとしたら、このような狂気と芸術性のような異才を放つ才能を見いだすことができなくなる。

☆医者も最近では総合的な視点でクライアントの言動や日常生活や症状を総合してどこが具合が悪いのか診断するようになってきている。果たして医学部というポジションにこだわるべきなのかどうかは、暗黙の了解ではなく、明快にしておいたほうがよい。

☆実はこれは順天堂大学や医学部だけの問題ではない。どこの大学でも起こっていることだ。

☆21世紀型の「思考力テスト」とは、やはり前提になる枠組みや条件を明示するか設定するように条件づけするかオープンにした方が良い。

☆そんな心理戦というスキルは、才能を測るときにそれほど重要ではないはずだ。それよりもこの暗黙の了解から外れた異才を見逃すことの方が残念ということにならないだろうか。

☆なお、この写真を素材に使った場合、聖学院やかえつ有明、工学院などの「思考力テスト」は、ポジションは自由でよいということになるだろう。

☆視点は、小学校6年生があらかじめ学んできているものではないから、視点を調整するところから問いは始まる。

☆「手前と奥行き」「男性と赤い風船」「階段とここにはないがエスカレーター」「キングスクロス駅と渋谷の駅」などの比較によって気づくことはないか問いかけるだろう。

☆そしてその気づきを「事実とレトリック」という違いに分類する問いを立てるだろう。

☆同じような場面を自分も体験したことがないかどうかも問うだろう。

☆ここまで、問うて、この写真をみて何を感じるのか書くという段取りになる。ほとんどの生徒が多様な想いを綴ることになる。

☆これが「思考力テスト」でなく、授業だったら、まずいきなり「気づいたこと」や「疑問」をポストイットに記入させ、それを持ち寄りチームで分類しながら、議論する機会を設定するだろう。

☆思考力のトレーニングとは、フレームを活用することではなく、気づきや疑問をたくさん出しあうところから始まる。その気づきや疑問は、すでにアイデアにジャンプする可能性を孕んでいるものであるから、好奇心や興味・関心も増大する。

☆ここまできたら、何を調べたらよいのか理解出来るから、調べるだろうし、とことんいったところで、何がわかあらないのかにぶつかる。そこからが本格的な思考になるのである。前人未到の問いにぶつかることが21世紀型思考であり、AIが投げ出してしまう問いを立ち上げられることこそ最後の人間の究極の才能だろう。

☆つまり、今の入試問題はほとんどが再確認のもので、近い将来AIが処理してしまうような問題ばかりなのだ。これでは、人間の存在はAIに飲み込まれてしまうとビル・ゲイツやホーキングなどが警鐘を鳴らしている。それが2045年問題である。

☆中学受験生が社会で大活躍している時代にぶつかるのだが、そこまで見据ええて教育改革は行うミッションがあるだろう。

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