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アクティブラーニングとは何か(9) SGT(スーパーグローバルティーチャー)の存在がキー

☆今回の4泊5日のアルザスの研修は、アクティブラーニングの手法で行った。徳江先生と私がSGTマスターとして役割を果たした。そしてストラスブール大学の院生がSGTとしてロールプレイを実行した。

☆通常の授業でアクティブラーニングスタイルを遂行するとなると、SGTは一人しかいない。だからこそSGTでなければならないのである。

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(SGTマスター:工学院の高橋一也先生)

☆アクティブラーニングというと、最近ではファシリテーターという役割が注目されるが、それでは、多次元な対話が行われるアクティブラーニングはデザインできない。

☆ではアクティブラーニングとはどういう構成の仕方になるのか?宿泊型であれ授業型であれ、問いを生み出す空間のデザインは重要だ。そして、その問いの表層性から深層性まで予め仮説を立てるデザイン力と臨機応変にその問いをトランスフォームするファシリテーションする力も必要。また、フィールドワークをコーディネートする力と授業ではWebや資料を活用した擬似フィールドワークをディコンストラクションする力も必要だ。

☆何より、問いが広がり深まるには、生徒の声(SV)をケアし、生徒が求めているものを生徒自身が問いかけられるような時間と空間のリフレクション座標系をつくるクロノスの力も必要である。

☆この座標系は、「思考/知のコード」であるから、そのままリフレクションはICTの活用によって、データ化される。このデータ化にはテスト測定学やIRTの見識が必要になる。PISAにしても、TOEFLなどの基準であるCEFRにしても、2020年の新テストにしても、IRTの見識がなければテストは作成できない。そもそもコンピュータベーストテストになるということはそういうことなのだ。

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(SGTマスター:三田国際の田中先生)

☆リフレクションは、このようなIRTやテスト測定学の見識に基づいたテスト化につながるものでなければ、生徒の学びの体験の正当性、信頼性、妥当性を証明できない。証明できなければ、中高時代の学びの体験はグローバル大学入学準備教育の要件として満たされないことになり、生徒の進路決定のデータエビデンスを提供できないことになる。

☆かくして、SGTの役割は、マルチロールプレイでなければならない。だからこそ一つの役割を演じるような役割演技ではなく、多次元の役割をプロデュースできるSGTが重要なのだ。

☆とにかく、アクティブラーニングにおいて、SGTは、SVへの気遣い(ケア)によって、生徒が感じ取っている未来の存在の本質への問いかけが彼らの内省として生まれ出ずるように、予めデザインしたプログラムをSVによって(最近接発達領域)、トランスフォームできるリスクテイカ―であることが要請される。

☆そして、SGTマスターは、このようなアクティブラーニングを1つの研修や授業の手段に貶めるのではなく、学校全体でアクティブラーニングの集積を有機的につないで、「学習する組織」としてマネジメントする力が必要になる。

☆さて、アクティブラーニング!アクティブラーニングと喧しい昨今であるが、教材会社が作ったパッケージもののプログラムでは、まったく意味がないことはおわかりだろう。なんちゃってアクティブラーニングとは、SVをくみ上げることのない表層的問いに終始するプログラムだ。

☆どうしてなんちゃってアクティブラーニングになるかというと、SGTの存在がないからだ。

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(SGTマスター:聖学院の本橋先生)

☆逆にSGTの存在が確認できれば、極端な話し、プログラムを見なくても、あるいは体験授業を受けなくても、本物のアクティブラーニングが行われていることが了解できる。

☆もっとも、SGTの存在を確認するには、受験生や保護者はプログラムを実際に見たり、体験授業を受けてみるしかないのだが。そうそうあとは、麻布や武蔵のような丸ごと思考型の入試問題をつくっている学校や深層まで問いをデザインしている「思考力テスト」を創っている21会校のような学校には、たしかにSGTがいると思って間違いない。

☆というわけで、アクティブラーニングの肝はSGTであり、それは21世紀型教育においても当然SGTが要諦である。

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