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衝撃の文科相の国立大学の学部・大学院の見直し要請。

☆日本経済新聞2015年6月8日によると、

下村博文文部科学相は8日、全国の国立大学法人に対し、第3期中期目標・中期計画(2016~21年度)の策定にあたって教員養成系や人文社会科学系の学部・大学院の廃止や転換に取り組むことなどを求める通知を出した。

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(21会は、21世紀型教育をデザインできるSGT(スーパーグローバルティーチャー)の独自の研修SGT塾を開催している。5月29日富士見丘)

☆これは、衝撃的だ。1つは国立大学の教員養成系や人文社会科学系の教員・スタッフの人員整理が露骨に目標となるからだ。

☆もう1つは、「初等中等教育の教員」の意味ががらりと変わるからだ。教育心理学とか教育哲学とか教育社会学とか言われているような「教育」という冠は不要ということになって、ちゃんと「心理学」「哲学」「社会学」を学ぼうということになる。

☆教育学部の中で行われてきた教科書の数学や理科ではなく、ちゃんと数学や理科を専門的に学ぼうということになる。

☆今までは、学問と教育は違うという暗黙の了解があったが、21世紀は「越境」の時代である。そのような壁はなくてよい。

☆だから、「初等中等教育の教員」は、英語というと専門の言語学の領域から英語の教員が生まれるということになるし、国語も同様である。あるいはコミュニケーション論(となると広い範囲になるが)の領域などから教員が生まれるという形になる。

☆今までも教職課程をとって行われてきたが、それがメインストリームとなるということだろうか。

☆しかし、学級運営という教育的配慮を実行する力はどうするんじゃということだが、アクティブラーニングを中高接続システム改革作業で行っているから、むしろその方が圧倒的に効果を生むから、教育的配慮などという今では中高接続の壁になっているものを越境しようということか。

☆そこまで、深く考えず、単純に海外と比べて日本の大学の文系は博士号取得者が少ないし、グローバル化が遅れているし、世界大学ランキング100以内に入れない足かせになっているしという片面的なネガティブな理由をあげて、実際には財政面の問題を解決する政策であるに過ぎないのかもしれない。

☆この動きが私立大学にも波及するかどうかはわからない。しかし、いずれにしても教育学部での学びというか研究は、根っこが軽視されてきたことは確かである。

☆海外の教育系の先生と話すと、西洋哲学は根っこにあるし、テスト測定学や評価学もちゃんと心理学や統計学につながっていく。ブルームのタキソノミーについても古いとかではなく、きちんと実践に応用アレンジしている。

☆日本の教育学部で、アクティブラーニングと言ったとき、その根っこに結びつけながらICTやゲーミフィケーションなどの新しい知のインフラを結び付けてデザインしようという動きは皆無である。

☆すべてが手法論だし、根無し草である。仮に根っこがないのなら、きちんとパラダイム転換した根拠を述べてほしいが、それもない。

☆ポストモダンだなんだと言わりには、現代思想の系譜をたどることもしていない。だいたい≪私学の系譜≫というもう一つの近代という視点がすっこぬけている。金持ち学校の特別な話で終わってしまう。相変わらず俗流マルキストの流れだ。

☆まして理論と実践の結びつきなど毛頭ない。その理論は実践に役立つのだろうか?その実践は理論化できるのだろうか?

☆その両方が完全に無視され、教えやすいそして学力調査テストなどでハイスコアが出せる(ことが成果だと錯認している)ハウツーの情報交換が一般の研修の主流である。

☆そんなことしかできない教育学部だとしたら、不要論がでてもしかたがないが、それと労働者の権利義務とはまた別次元の問題である。

☆はてさて、この混迷の渦はどれほどの破壊力となるのだろう。やはり、21会のような志をもったSGTが集まり、独自の研修をやって、理論と実践を結びつつけながら、高め合っていくしか、子どもの未来を救うことはできないだろう。

☆理論と実践といったとき、簡単に言うと、教育のあらゆる局面を「見える化・測る化・共有化」するということである。エスノメソドロジー×データーサイエンスの目が必要になる時代。たしかに、今のままでは教育学部ではこの目は養えないだろうなあ。

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