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2015年東京私立学校展 教育の質の競争的共創市場のはじまり(10)

☆2030年教育ビジョンの文科省や大手教育産業の受け入れは、実におもしろいことに江戸幕府的であり明治政府流儀なのだ。出島から海外の文化を換骨奪胎して日本に入れたように、あるいは和洋折衷として文明開化していったように、欧米のビジョンの魂を削除して輸入するやり方。

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(麻布の≪私学の系譜≫を継承し続けている東京女子学園の理事長・校長實吉先生)

☆欧米の2030年教育ビジョンやPISAのビジョンの学術的根拠は、多様でわかりにくいが、基本はルソーを敬愛したカントやヘーゲルである。それがフランスではピアジェを根拠とし、米国では、デューイを経てプラグマティックになる。

☆がしかし、基本は啓蒙思想である。これに対し、ドイツのフリードリヒ・カール・フォン・サヴィニーは、啓蒙思想を捨てた。その流れが明治政府の法典論争に影響を与え、天賦人権説を蒙昧として捨て去った。この流れを今の自民党も受け継いでいる。

☆それにちょっとまったをかけたのが≪私学の系譜≫である。それゆえ、戦後教育基本法は、この啓蒙思想を背景にした私学人が成立過程にに参画したのである。

☆現在、ドイツ政府は、このサヴィニー的な法実証主義は現実的ではあるが、それだけではいけないだろうと距離をあけているはずだ。それがドイツの戦後のもはや戦争はしないという信念を支えることになるからだ。

☆そんな単純ではないと言われるかもしれないが、かえって複雑にして見えなくしているのは、1人日本だけが、2030年教育ビジョンをいまだにサヴィニー的な流れでとらえているからである。

☆ところで、このカントに代表される啓蒙思想(實吉先生の思想のベース)であるが、実は儒教に影響を受けているという。

☆カントの実践理性批判の内面の星々のクダリなど、富士見丘の高柳先生の執筆された「中江藤樹」の思想そのものではないかと驚いてしまうほどだ。

☆考えてみれば儒教は仏教よりも古い思想である。キリスト教もアジアで生まれた宗教であることを考え合わせれば、≪私学の系譜≫がキリスト教や啓蒙思想を学びながらも儒学にも造詣が深かったのは納得がいく。

☆実践女子の下田歌子、東京女子学園の棚橋絢、共立女子の鳩山春子が儒学に造詣が深かったり、歌を愛したりしていたその教養は、実はそのまま西洋文化と共鳴していたのだ。

☆しかし、明治政府の文明開化kは、共鳴する普遍性の魂を捨てていたから、折衷になっていまったのである。それゆえいまだに外交が巧みでないのは、技術的な問題よりも、共有するセンスがないからとも考えられる。教科横断ができないと叫ばれているのは、どうもそういうことが関係しているのではないか。

☆聖徳学園は、その建学の精神を聖徳太子の十七条の憲法に拠ってたっている。あれほど、アクティブラーニングやiPadを駆使した21世紀型教育先進校であるのにである。しかし、それも≪私学の系譜≫を継承しているということを考慮すれば、納得がいく。

☆聖徳太子は、17条目で、どんなにすてきな考えもディスカッションしなければ意味がないと説いている。なんとアクティブラーニングの魂は、すでにそこにあったのだ。それにしても、功利主義を確立したJ.S.ミルも全く同じことを言っているのには驚きであると同時に、2030年教育ビジョンにその精神が、欧米と日本の私立学校には脈々と生きていることに背筋がビシッとなる。

☆もっとも私の腰の病は背筋を伸ばすと痛みが増すのだが・・・。

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