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未来に先回りするスーパー教師SGT!

☆これこれ、この本を読んでめちゃくちゃ納得。佐藤航陽さんの未来を先回りする思考法を生徒とシェアして、実行できるスーパー教師(SGT:超グローバル教師と呼んでいる)がたくさんいる学校こそ選択価値のある学校です。

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☆佐藤さんは、グローバル起業している30歳前後の素晴らしい人材。自分の娘と同じくらいで、彼女もグローバルアートの分野でコーディネーターとして活躍していて、昨日NY経由でチリに着いたらしいです。

Ami
☆私の方は、エンリケ・バリオスの本を読んで、世界政府の話を娘としたり、娘の方はケインズの漫画版読んで、モモ的世界観とのギャップなどを質問してきたりします。ときどきですが。。。

☆アートというのは、いつも経済との矛盾の中にあって、その葛藤の必然性から新たなものが生まれてくる。もっともこの経済は「人間の生と死の循環」と置き変えなくては彼女と話せなくなってしまいます。

☆経済の専門的な話は、互いに分からないということもありますが、それがほとんどまだ続いている国家資本主義のシステム仕様書だから彼女は興味を示さない。興味のないことは脳波が講義を聴いているときと同じになるのが、その世代らしさのようです。

☆佐藤さんの本を読んでいると、まったく娘とは違う領域で大成功を収めているから似ているとはいえませんが、AIやスマホのテクノロジーの人間の脳神経と身体の延長上にあるなんて話は現代思想をわかりやすく実践的に述べているし、テクノロジーは天才を量産するなんて表現は、脱技能なんて小難しい熟語を使わなくても、すんなりはいってくる表現がデザインされていて、こうでなければ、彼ら彼女たちとコミュニケーションとれないなあと思うこのごろです。

☆しかし、おもしろいのは、佐藤さんも、政治経済社会の新しい形とテクノロジーの関係を考えていることですね。娘も新しい政治経済社会の形と新しいアートの関係の中で葛藤しています。

☆それなのに、教育関係者は新しい政治経済社会のカタチを考えようとしません。政治的中立ですから当然なのでしょうが、あるいは隠れ左派なのかもしれませんが、新しい資本主義のカタチが生まれようとしているのに、古い資本主義の枠組みで、教育改革をしようというのはそもそも無理があるでしょう。

☆佐藤さんは、同書の中で、

「現代の資本主義社会では、封建社会のような形での理不尽は少なくなったといえるでしょう。しかし、根本的には封建社会も現代も構造そのものは同じです。封建社会における『身分』は、資本主義社会では『資本』にすり変わっただけで、理不尽はなくなっていないともいえるのです」

☆と語っています。鋭い見識眼ですね。そして、その資本が今や貨幣から情報にシフトすることによって、新しい資本主義社会のカタチが見えてくると言いたいのでしょう。

☆それがどんなカタチなのかは、佐藤さん自身の会社の在り方が示しているのでしょう。私なら、その情報を生産する手段が、個人でも手に入れらるようになっているIT社会ですから、国家資本主義ではなく、1人ひとりの資本主義になるくらいのことは予想しています。実際私や友人たちはそれぞれ個人で起業し、儲けはないけれど、こき使われることはなく、時間という最高の情報を資本として活用できます。空間は、スタバのコーヒー代で済ませますが。そして、時間は自分とお客さんとシェアできるもののみ取り扱います。シェアできない時間はお断わりしています。

☆ビジネスが下手くそだといつもいわれますが、まあその通りです。生活が持続可能であればよいわけですから。

☆じゃあ君は何で貢献しているのとよく質問されますが、こうして生きていることでと回答することにしています。夢がないなあと言われますが、軍事力が完全になくなることは今のところありそうにありません。ブレアが教育、教育、そして教育と言ったのに、安倍さんは、経済、経済、そして経済と叫んでいましたから、やはり経済力もなくなることはありません、しかし、ブレアではないですが、やはり知識基盤社会という新しい資本主義社会において、知、知、そして知ということになりましょう。

☆知が最適化する社会において、情報発信、情報共有、情報創造こそ貢献だと静かに信じている次第です。

☆だから、アクティブラーニングだと思うし、ICT教育だと思うし、やはりデザインや創造的なアート教育だと思っています。それを才能知=創造的(思考×対話×自信)という方程式で表したりしています。

☆よくあなたは、私立学校びいきだといわれますが、そうではなくて、今の公立学校では社会を変える教育改革は無理ですよね。個々の教師や個々の生徒が社会を変える言動を、学校の外ではできるでしょうが、そんな志を学校内ですることは、法制度上とてもできないはずです。

☆ですから、それがある程度自由な場である私立学校の組織の話になるのは必然的な流れなだけです。

☆私は、芥川龍之介が、親友で京大の法哲学者の恒藤恭といつも夜を徹して、国家論を議論し、国家資本主義ではない道を模索していた彼の夢を勝手に引き継いでいます。恒藤の方は社会主義的国家観の持ち主で、魅力的な論者であり親友だったのだけれど、芥川はそこは折り合いがつかなかったようです。

☆国家資本主義は嫌でたまらないが、社会主義も好きになれなかったようです。芥川龍之介研究家ではないですから、自分の志向性を芥川龍之介に勝手に重ねて、自分を正当化しようとしているのかもしれません。「蜘蛛の糸」をそういうメタファーで読んだりしましたから、我田引水と芥が研究家に叱られそうですが。

☆そうそう、佐藤さんは同書で、ロジカルシンキングを疑えとも言っています。これもこの世代の感覚ですね。論理的思考だけ身につけてきてくれればよいのだと抑圧的に語る大学の先生方もまだまだいますし、ロジカルシンキングを身につけさせるのが中高の教育で、クリティカルシンキングは嫌いだとまでいう先生方もまだいますね。

☆そういう言い方をするのは、人間はロジカルどまりでいいというわけですから、人権侵害であることに気づかないそのユデガエル発想が恐ろしいと常々思い、そういう場にはいかないことにしています。やがて、そういうところは衰退していくのは歴史的必然ですから。

☆佐藤さんは、こうも語っています。

「将来的に新しい情報が得られるであろうことを考慮に入れた上で、一定の論理的な矛盾や不確実性をあえて許容しながら意思決定を行うことが、未来へ先回りするための近道です」

☆こういう未来へ先回りするスーパー教師とは、毎週のように話をしています。ただし、佐藤さんのこの内容には、スーパー教師なら補足する内容があるでしょう。矛盾や不確実性をあえて許容しながらシェアしていくには、不安や恐れが立ちあがるから、さてそこを抑えるか共感するかどちらかであるが、私たちは受容しますよと。私もそれでよいと思います。

☆この不安や恐れを受けとめ、意思決定に導けるスーパー教師がいる学校は、今のところ聖学院と八雲、かえつ有明、工学院、桜丘のような21世紀型教育3.0を推進している学校でしょう。

☆他は、そこはまだまだマスクをかけてしまいますよね。公立学校でマスクをかけない学校があったら、そここそ本当の希望の学校でしょうね。ぜひ知りたいです。リクルートやベネッセの情報誌が、そこにマスクをかけてきたのは、しかたがにのかもしれません。しかし、それが日本の教育改革を阻害してきたというリフレクションは必要だと思います。

☆しかし、国家資本主義の枠内で事業を展開しているのだからしかたがないのでしょう。そういうことをわかったうえで、そのような一定の論理的な矛盾や不確実性をあえて許容しながら意思決定を行い、未来へ先回りするスーパー教師が活躍している学校が増えてくれることを期待しています。

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