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Higher-order Active Learning(高次アクティブラーニング)≪01≫麻布・桜丘・富士見丘・工学院

☆今年、首都圏模試センターの北さんと山下さんと対話をしていて、「本校ではアクティブラーニングは、昔からやっていました」という発想はどうだろう。悪くはないが、もうワンフレーズが必要ではないか。すなわち、「新しいアクティブラーニングに挑戦しています」というような感じの。

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☆麻布の前校長の氷上先生が、久しい間、学内で相当喧々諤々やって、「教養主義」から「新教養主義」の道を開いたという話があります。麻布は、まさに「昔から教養主義的な教育を行ってきたのだが、新教養主義に挑戦したいと」いう新教養主義を最初に宣言した学校でしょう。

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昨年の夏に麻布で、氷上先生のコンセプトを継承している「教養総合」のある講座で、生徒とワークショップ型のアクティブラーニングをやる機会をもらいました。それぞれの生徒が議論するときのものの見方の背景に「理論負荷性」があることに気づくのは、全く時間がかかりませんでした。ほとんど勝手にどんどん議論は進んでいきました。私は4回問いを投じただけですが、大村はまさんと苅谷夫妻共著の「教えることの復権」を読んで、この問いこそが「思考のスキル」であることに気づきました。そして、当然「スキル」であるからには、生徒がシェアしているはずのものです。麻布の生徒はそのスキルを持っていました。おそらく中学受験の入試問題を解くトレーニングの中でほとんどは体得しているはずのものです。今でいうアドミッションポリシーというヤツですね。

☆昨日(12月18日)、桜丘のICTオープンスクールに参加してきました。生徒のプレゼンや生徒との対話カフェのブースがあったので、対話を楽しみました。こちらはまたも問いを発するだけでしたが、麻布の生徒と同じセンスを感じました。違うのは、iPadを自在に使いこなしながら、対話に必要な素材を引き出しながら、話してくれたことです。ここに「マインドスキル」があることに気づきました。

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富士見丘の中1のLHRでは、年8回の「アカデミックスキル基礎ワークショップ」が行われています。「アカデミックスキル」が何であるかは、まだ生徒は知りません。教えるものではなく、自分で気づくということを教えているメタ「教えるということ」を行っています。「教えない」授業とは、メタ「教える」授業であるということに気づきました。

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工学院のカリキュラムイノベーションチームの先生方は、「思考コード」の中に「コンピテンシー」「ツール」「ロールプレイ」「問いの次元」「思考スキル」のシステムのあるのをS-P表などで分析しながらつきとめ、本当に新しいPBL型アクティブラーニング構築に挑戦しています。

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☆どの局面でも、モダニティの概念が完全に変わってきているなあと。麻布の生徒は一見授業の中にタブレットを持ち込まないから、ネットワークを使っていないように思うが、学校外ではすでに大いに活用しているから、例外として扱う必要はないでしょう。

☆すべてのアクティブラーニングで、高密なネットワークが学びの背景にあるということは、これはどういうことなのでしょうか。そこらへんをどう考えていくかですが、ブレアのブレインだったギデンズの「再帰的近代」というのは、どうもズレてきているということですね。

☆アンソニー・エリオットら編集した上記写真の本も、そこを論じていますが、アカデミックには私は追いついていけそうにありません。何せ翻訳されていないので、読むのに四苦八苦ですから^^;。

☆それはともかく、この高密なネットワークが背景にあるアクティブラーニングは、やはり一人一台タブレットかラップトップか、スマホとか所有することによって起こっています。

☆大村はまさんがどうしてでてくるのか?この伝説の先生は、インターネットがない時代に、限定的だけれど、リアルなネットワークを活用したし、テープレコーダーで自身の授業を録音して振り返ったりしているんですね。驚愕ですよ。

☆ネットワークから切りはなされていた再帰的授業という発想は、どうも違うんだという発想が大村はまさんの授業にはすでにあるんですね。どうやらイギリスの教育制度は、実際には個別の普遍化を生み出してしまうところに限界があるのではないかと。。。ギデンズとイギリスをいっしょにはできませんが。

☆タブレットをただ使っているアクティブラーニングは、どうやらリーズナブルなアクティブラーニングではあってもハイヤーオーダーアクティブラーニングではないということかもしれないですね。

☆ネットワークを活用して、「知の特権性」を崩していくのがハイヤーオーダーであって、「知の特権性」を再帰化していくのがリーズナブルということでしょうか。

☆かといって「知の特権性」を崩して「知」を破棄してしまうということではなにのです。「知のシェア」をすることで、普遍性の個別化と個別化の普遍性を循環させていくということでしょうか。

☆片方だけだと「知の破棄」あるいは「知の特権化」が起こるということですね。リキッドモダニティというのは、この循環の目まぐるしいプロセスの中でしかサバイブできないということを意味するのかもしれません。それはともかく、21世紀型教育は、この辺を議論しなければとは思っていたら、すでに授業の中で高次アクティブラーニングが行われているところがあったのですね。

☆もっとも、この高次アクティブラーニングでは、まだ生徒獲得という広報活動には響かないかもしれません。まだまだモダニティ分析は、階層分析で、市場はマスのものだと思われているからです。

☆しかし、これからは、マスではなく普遍的な個別化と個別化の普遍性の循環がつくる高密なネットワーク形成が勝負になるでしょう。おそらく北さんが語る「グローバルアスリート」とか「グローバルアーティスト」というのも、そういうことを示唆しているのだと思います。

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