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21世紀型教育の時代【04】 聖学院 究極の問いへの物語り

☆昨夜、新宿3丁目の「池林坊」という居酒屋で、聖学院のSGTマスター伊藤先生と本橋先生とミーティング(^^;?)をしました。この場所は椎名誠縁の空間のようで、新宿3丁目でとなるとここになるわけです。

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☆僕は文学にはあまり縁はないのですが、伊藤先生は国語科の教師ということもあって、ずいぶん編集の仕事もしています。生徒の作品集が文庫や冊子になって世に出ることができるのは、伊藤先生の編集力があるからですね。

☆特にテーマがあるわけではないのですが、久々に腰を据えて話いっぱい、ビールいっぱい、焼酎いっぱいとなりました。

☆最初は互いの近況報告だったり、文学散歩話などに花が咲くわけですが、だんだん対話が進むと、やはり教育の本質の話に広がっていきます。

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☆AERAで取材を受けたお2人の思考力入試の話にも飛びました。そもそもこの思考力入試は、今までの模擬試験型受験勉強からはみ出ているけれど、潜在的才能がある生徒にも聖学院の学びにアクセスできる機会をというところからはじまったのだと伊藤先生。

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(伊藤先生の国語の授業は対話ベースのアクティブラーニング)

☆知識積み上げ型の才能も、形を創っていくときには大切だけれど、発想ぶち上げ方の才能も記念祭(文化祭)のイノベーションを生み出したりするときに必要だと本橋先生。

☆みんな天才という集合天才を目指すには、オンリワンの才能やオリジナリティが必要なんだけれど、同じ学びの方法だけの生徒を集めたのでは、みんな天才ではなく、同じ学びの方法の枠の中で序列ができてしまって、集合天才は生まれないと2人のSGTは語るのです。

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(2015年3月21日第2回21会思考力セミナーのワークショップでスーパーバイザーを務めている本橋先生)

☆それで、中学入試という入り口の際に、もっともっと多様な入試を行って、多彩な生徒が集まってくるようにしたいと。すでに、帰国生、英語体験生、一般生、思考力生がいるから十分ではないかとたずねると、本橋先生が、思考力といっても、多様ですからねと。

☆それはブルーム型のタキソノミー的な次元の違いということですかと尋ねると、それもあるけれど数学的思考と言語的思考とは違うかなと。

☆伊藤先生も、そうそう数学的思考と言語的思考というのは最終的には同じだけれど、それはメタレベルの話で、一歩手前では違うかなと。

☆アインシュタインレベルで、重力波の予言をするときは、数学的にも言語的にもトポロジーやメタファーの領域の関数関係だから、数学的にも言語的にも似通った発想となるということらしい。

☆その証明を数学的にあるいは科学的に検証していく段階と、詩や小説として展開していく段階では、もはや全く別の世界。でもその全く別の世界が1つになるという感じなんですね。。。と。

☆なんてプラトニズムなのだ。1なるものは多であり、多なるものは1である。で、そんな学びを学校でやったとして、大学合格実績という現実を考えたときにどうなるのですかと愚問を投げかけてみたら、今私たちが考えているのは、おそらく2020年の大学入試問題の段階の話で、今の高校生にはきちんと積み上げ型で知識の体系を学ぶ機会を設定しているから安心してくださいと。ただ、最近は早稲田や慶應などAO入試や公募推薦の機会が多くなっていて、そこでは、やはりロジカルシンキングだけではなくクリエイティビティも重要になってくると伊藤先生。

☆クリエイティビティとは、オリジナリティと同じ、結局「私とは何者か」という「自分軸」を問いかけるチャンスは何よりも大切。自己肯定感とか創造的自信というものは、結局オリジナルな「自分軸」があってでしょうからねと本橋先生。

☆だけど、その「自分軸」という判断力の基準は何か?ジェダイからダースベーダーは生まれるし、天使から堕天使も生まれる、使徒の中からもユダは登場してしまうじゃないですか?とちょっと太宰治的な「かけこみうったえ」をしてみた。

☆しばらくスターウォーズの話で盛り上がってみたり、村上春樹や夏目漱石の話になって、写真を活用したギャラリーを説明会の時にやろうとか、写真の構成の方法とかの話に拡散していきましたが、どこかから「自分軸」の話に戻り、結局オンリワン・フォー・アザーズの「人のために」というところの意味の微妙な差異がジェダイなるかダースベーダーに陥るかの分かれ目になるのだと。

☆ここには、リーダーシップのとらえ方の違いがやはりでてくるというような話になりました。結局「人のために」の「人」がどのような「人であるのか」のクリティカルシンキングがポイント。伊藤先生は、ハンナ・アレントの「アイヒマン」などの書を引き合いに出しながら対話を深めていきました。

☆そういう思想を深めていくには、本橋先生も伊藤先生も「孤独」の時間を持てるかどうかかなあと。今の生徒は「孤独」に耐えられない。思考停止状態が続くと「孤独」に耐えられない。常に誰かといっしょにいて、目先を変えていなければ安心できないのかもしれない。孤独とは1人ぼっちではなく、自分と向き合う時間ということとであると。

☆つまり、それは1人ではなく、自分と向き合うことの大事さを知っている者同士の対話であってもよいわけです。私たちのように^^)。

☆平野啓一郎の「分人」論などの話題も出て、「個人」という意味のパラダイムチェンジの話にも発展していきました。

☆そんな中で新しいプロジェクトの発想も生まれてきました。もちろん、話の根底には常に生徒のケースが話題になります。それぞれの成長への苦悩の話です。その苦悩からどうやって解き放てるのか。そこが集合天才、思考力入試、未来への準備を考える出発点でした。

☆最後は「人間の条件」とは何かという深い森の中を思索する果てしない物語になっていったのです。

☆20世紀型教育が避けてきた結果、外部環境の変化に付和雷同し、自分軸を持てない状況を造ってきた反省を深く思索し、そこから抜け出る究極の問いへの物語りを編み続けることこそ21世紀型教育なのです。希望の私学聖学院のSGT(スーパーグローバルティーチャー)は、いつもその根っこのところに立ち戻るのです。

関連記事)首都圏模試センターサイト→希望の私学「聖学院」

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