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<偏差値50>を超えるために(6)国語:内面のルビンの壺

☆中学入試の国語の問題で、物語が出題されないことはほとんどないでしょう。大学入試と違い、「物語」は中学受験の華といっても過言ではありません。

☆たとえば、麻布は、5000字~7000字くらいの物語1題構成がほとんど。過去30年さかのぼれば、一度論説文と物語の2題構成という年があったぐらいです。

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☆したがって、中学入試の国語といえば、麻布であり、麻布がどのような作品を素材とするのかは、業界や私学も注目とするところです。

☆ある意味、麻布の素材選択は、中学入試全体の国語の素材文選択の傾向に影響を与えていると思います。

☆実際、1987年に麻布が椎名誠の「岳物語」を出題して以来、純文学や児童文学から、ライトノベルやヤングアダルト系の範囲まで広がりました。

☆1995年までは、まだ今江祥智の児童文学は頻出の作品だったと思いますが、その後、あさのあつこさんの「バッテリー」が、漫画やアニメ、ドラマになっていく勢いもあって、21世紀に入ってからは、すっかり中学入試に登場する作家が一変したと思います。

☆佐藤多佳子さんや角田光代さんなど、ラノベにも位置し、純文学にも位置しと、もはやボーダレスな感覚の作家が登場したのです。今年麻布が素材として選択した「家族シアター」の作家辻村深月さんも同様です。

☆椎名誠は、冒険家であり、エッセイストであり、小説家でもありとマルチプレイヤーであるところが、従来の純文学や児童文学の作家とは異なっていましたが、ここ最近のヤングアダルトにも顔を出す作家は、漫画、アニメ、ドラマ、ゲームでも活躍するマルチタレントなのです。

☆21世紀にはいったばかりのときよく出る作家と言えば重松清さんでしたが、彼もマルチタレントですね。

☆そして、このことが中学受験生にとって同じ目線で生活圏内を見回す共感を生み出す作品になっていることも確かです。

☆純文学や児童文学と大きく異なることは、登場人物のキャラクターの内面的構造です。純文学や児童文学の登場人物は、受験生にとっては、自分とは違う行動原理で生きている人物で、そのキャラクターはある程度読みやすいものでした。自分事というより客観的に読まざるをえなったでしょうから。

☆キャラクターの役割分担が明快で、それぞれの言動と気持ちの変化をなぞっていけば物語の読解はできてしまったのです。

☆ですから、20世紀後半の中学受験の物語の読解のコツは、(言動1→気持ち1)―、(言動2→気持ち2)―、(言動2→気持ち2)―・・・、(言動n→気持ちn)を整理していくことだったのです。

☆ところが、最近のマルチタレントの作家の作品は、そのコツはもはや基本で、さらに登場人物の内面のルビンの壺の仕掛けを見抜くコツが必要になってきたのです。

☆多くの人間の関係の中でつくっているキャラクターと内面の自分の関係が必ずしも一致していないのが、最近の作品の登場人物のキャラクターです。外面をキャラと呼び、内面をキャラクターと呼んで分けている評論家もいるぐらいです。

☆これは一見わかりやすいのですが、実はさらに内面のキャラクターがキャラとキャラクターに分裂しているところにルビンの壺が仕掛けられているのです。

☆しかも、複数存在する登場人物が、外面のキャラ―内面の(キャラ―キャラクター)となっているので、言動と気持ちの関係が揺れ動く揺れ動く。

☆外面のキャラの言動だけを追っていったのでは、心情の反応が読み取れないのです。

☆しかし、不思議なことに、受験生にとっては、このことがよくわかるのです。ほとんど自分事として共感できるのです。そして共感できるから、説明するのが難しいというパラドクスが生まれます。

☆だからこそ、内面のルビンの壺の仕掛けを見抜くメタ認知のトレーニングが必要になります。文科省が、2020年大学入試改革に伴って行っている学習指導要領の改訂の中で、「メタ認知」をキーワードとしているのには、このような子どもたちの内面の在り方の変化があるのかもしれません。

☆昨年4月の「統一合判(小6)」で出題された角田光代さんの「神さまのタクシー」(「Teen Age」のアンソロジー集に所収)も、そのトレーニングの成果を問う問題が出題されました。問8と問9がそれでした。

☆正答率は、30.4%、29.6%と、やはり難しかったようです。

☆言動の変化に伴う「外面のキャラ」と「内面のキャラ」と「内面のキャラクター」の変化を丁寧に読み解く必要があります。基本は、言動の変化に伴う心情の変化なのですが、その心情の変化が「外面のキャラ」と「内面のキャラ」と「内面のキャラクター」の変化の関係によって決まってくるのです。

☆1989年のベルリンの壁が崩壊して、大きな物語が消失してしまった後、人間は自ら物語をつくらなければどうしよもなくなりました。

☆人間関係の葛藤がつくる外面のキャラと自分の物語りをつくる「内面」の葛藤を同時並行させながら生きているかのようです。この平衡感覚がズレたとき様々なコトが起こるのでしょう。

☆どうやら内面のフロイトモデルは、より複雑になっているようです。超自我は消失し、自我というエゴは、エゴとしてふるまいにくくなり、無意識は内面のキャラとキャラクターの葛藤がわきでる結界となっているのかもしれません。

☆そして、超自我は、その内面の葛藤を解決する「自分軸」がとって替わる時代なのでしょう。

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