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学校選択のための評価のメガネを磨く<01>学びの空間

☆最近では日本の大学など、第三者評価機構が大学として一定水準の教育や研究を行っているかチェックする。実は、中等教育学校も自己評価、学校関係者評価、第三者評価など行われることになっている。

☆いずれも文科省がコントロールしているが、その評価基準や方法があまり機能しているとは言えない。殊に中等教育段階では、第三者評価機関が学校を評価するのではなく、外部の人材を評価者の中に組み込むにしても、学校設置者が、コーディネートするわけだから、どうしても文科省や設置者の都合で実施されがち。

Azabu
(写真は麻布サイトから:第10回科学地理オリンピック日本選手権 兼 第13回国際地理オリンピック選抜大会で、麻布の高校1年生(昨年度)が銀メダルを受賞。学校にメダルが届き、校長室にて授与式が行われているシーン。塾歴社会を無化する突出教育を実践する麻布。このタイプの評価をたくさんゲットしているのが同校の特色。これも質的評価のカタチ。)

☆大学は、その評価によって予算が出るかでないかがあるだろうから、評価の信頼性・正当性・妥当性はかなり考慮するはずだが、それとて今の文科省の描くビジョンが限界。2020年の大学入試改革が行われざるを得ない背景に、海外大学の水準の高さがあるが、現状ではそんな基準になっていない。

☆いくら高い評価がくだされても、世界標準のモノサシでは、極めて品質がよくない。

☆これは、中等教育段階になると、もっとひどい状況であることがわかる。20世紀型教育は、20世紀型教育の基準で、評価されるわけだから、もはや世界標準の教育の質のハードルは飛び越えることは不可能である。

☆それゆえ、21世紀型教育の出現だが、これとて第三者評価機構、アクレディテーションの機構が存在していないから、言っているだけという学校もいっぱいある。

☆私たちはがんばっているんです!と語る校長はたくさんいる。その先生の生き方はすばらしいけれど、何を目標にがんばっているかは、また別問題である。

☆その点、私立学校は市場が支持するかどうかという厳しい評価がある。しかし、それとても、市場が20世紀型教育のみを支持していれば、品質の良い20世紀型教育を行っているところがサバイブできるだけで、子どもの未来に備える教育という意味で良質かどうかは問われない。

☆そういう意味では、21世紀型教育を支持する受験生/保護者が激増してきたから、市場の均衡が20世紀型教育から21世紀型教育にシフトする兆しが濃厚である。

☆そのとき、学校選択者は、いかなる学校選択基準、すなわち評価のメガネをかけるのだろうか。

☆20世紀型教育は、偏差値と大学合格実績という量的評価でよかったわけであるが、21世紀型教育は質的評価が必要だ。

☆たとえば、21世紀型教育だとアクティブラーニングは当然実施される。アクティブラーニングといえば、学びの空間がわかりやすい。生徒がチームに分かれサークル上になるから、オーっということになるが、見ていると、先生が課題を投げかけて、その課題について思考するのではなく、たんに解き方を教え合いっているだけで1時間終わるという授業もある。

☆それは、しかし、問いを生徒が自ら発見するという思考過程を組み込んでいないからアクティブラーニングの質としては中レベル。アクティブラーニングではあるが、生徒が思考するという視角から見れば、レベルが低い。

☆アクティブラーニングの学びの空間も、教師が課題を握ってしまうとき、20世紀型教育の一望監視装置の空間になる危険性がある。

☆そうならないような学びの空間を創っている学校はどこか?それを見抜く評価のメガネを、市場側でも、つまり受験生の保護者もかけたほうがよい。お弁当1つ買うにしても、その品質を考えないということはない。

☆まして、学校選択となれば、品質を大いに気にするはずだ。激動の未来において、20世紀型のステレオタイプな評価メガネでは、見れども見えないということになる。

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