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私塾市場の変化[02]私塾と私学

☆幕末、「私学」という今で言う言葉はなかったでしょう。しかし、「私塾」は、藩校だとか、寺子屋だとかのラインナップ上にすでにありました。もっとも有名な「私塾」は、松下村塾でしょうね。そして、明治維新後、早々と「私塾」から「私学」になり、今も超難関校とか、SGUとか呼ばれているのが、慶応義塾です。

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☆松下村塾と慶応義塾とは何が違うのでしょうか、それは前者はあくまで私事制度で成り立っていたが、後者は法律制度によって「私学」に移行したということでしょう。

☆もし、松下村塾が今も存続していたら、おそらく私事制度のみならず、市場制度も取り入れていたことでしょうが、法律制度まで取り入れていたかどうかはわかりません。さて、現在の「私塾」とは主に市場制度で成り立っています。

☆代ゼミや河合塾のように学校法人として教育制度を取り入れているところもありますが、1条校ではないので、「私学」とはまた少し違う扱いです。高校卒業後の浪人の身分の扱いを補完するために、学校法人化したというのが本当のところかもしれません。

☆ベネッセのように現役生を主に対象にしている場合、株式会社という市場制度で成立しているところをみるとそうなのかなと思うわけです。とはいえ、ベネッセは、文科省のリサーチや学力調査テストの作成補助・採点、4技能英語のサポートなどの委託業務にガッチリ入り込み、法律制度の変化と抑制にも影響を与えるほどのヤヌスの側面を持ったリバタリアン教育産業です。

☆私事の自己決定領域である、私事市場にも、添削や子どもチャレンジ、タブレット学習などのシェアを広め、今後は鉄力会以外にも幾つかの私塾を傘下に収めていき、ベネッセを選ぶつもりはないのに、選んでしまっているという事態が起こるくらいです。

☆公立学校や私立学校も、東大でさえも、ベネッセ商品のシェアは高いわけです。大学入試改革の変化に影響を与えつつも、20世紀型教育教材を、イノベーションというマスクをかけて分散して、売っていますから、抑制もしてしまっているというパラドクスを生んでもいます。

☆そして、その教育法律制度、教育市場制度、教育私事制度を牛耳っていることの深刻さを看破したのが、おおたとしまさ氏でした。≪ルポ塾歴社会 日本のエリート教育を牛耳る「鉄力会」と「サピックス」の正体(幻冬舎新書2016年1月30日≫によって、見事にその正体を暴いています。

☆「開成・灘など超難関校/サピックス→開成・灘など超難関校/鉄緑会→東大」という「法律制度/市場制度→法律制度/市場制度」のエリート教育/市場制度の統御=学歴社会/塾歴社会の固定化を生んでしまっていることを暴いたわけです。

☆しかし、おおたとしまさ氏の本書の重大な意義は、この事態を露わにしたことだけではないのです。これを明快に著したがために、日本全国にある約5万軒のうちのほとんどの私塾の存在理由が、エリート教育/市場制度にあるわけではないということに、メディアという教育市場制度によっている拠点に気づかせたことです。

☆すでに、私事の自己決定がきちんと機能している家庭は、エリート教育市場の寡占化が起きている深刻さを情報として入手したうえで、あえてそちらを選ぶか、エリート教育ではなく人間力教育(と呼んでおきましょう)を行っている私塾を選ぶか判断しています。

☆今始まったことではなく、すでに中学受験が大衆化という市場制度を形成しはじめた1986年からそうでした。

☆しかし、メディアや教育市場制度は、優勝劣敗主義がウケるしウレると判断して、受験と言えば、エリート学校に合格することだし、私塾と言えば、エリート学校の合格者数を競うものだというステレオタイプな共通認識としての市場制度を形成してしまったのでしょう。

☆ベルリンの壁崩壊やバブル崩壊までは、終身雇用制度というこれまた法律制度ではなく、市場制度にすぎないのですが、この慣習的制度を強化する私塾市場の幻想を形成ししてしまったのです。

☆でも、ベルリンの壁崩壊後もバブル崩壊後もその幻想となった共通の認識は、続いているではないかと言われるかもしれません。派遣社員や非正規雇用等の問題が浮上してきていますが、それが問題なのは、雇用の流動性が豊かな意味で拡散しない長期雇用への強固な期待が共通認識として存続しているからでしょう。

☆それが、21世紀に入ってから、9・11やリーマンショック、3・11のフクシマ、フランス、ベルギーでのテロ、そして今回の熊本大地震、それと人口の急激な減少などが、その共通認識を揺さぶり始めているのです。

☆私たちは、国と市場と私人という概念で考えがちですが、国にも市場にも私人にも「制度」がくっついています。規制緩和とか、法律改正と言っても、それぞれの「制度」が変わらない限りは、大きな変化は生まれません。

☆しかし、「開成・灘など超難関校/サピックス→開成・灘など超難関校/鉄緑会→東大」という「法律制度/市場制度→法律制度/市場制度」のエリート教育/市場制度の統御=学歴社会/塾歴社会という状況が、私事の自己決定まで麻痺させ、子どもの貧困率を上げ、子どもの自己否定感を増大させるにいたっているわけです。

☆おおたとしまさ氏は、学歴は、勉強さえすれば、誰にでも成功の道が開けるシステム(法律制度)だったはずだが、市場制度と同調し、固定化してしまったために、格差が生まれ、格差を被る側は当然ですが、格差をつくる側もいつそこから追い落とされるかもしれないという自己否定感が蔓延することになったのです。

☆しかし学歴社会/塾歴社会というおおたとしまさ氏の着想は、サピックスと鉄力会に牛耳られている範囲というのは、そもそも5000校近くある高校のうちわずか4.5%に過ぎないお話しなのだということに気づかせてくれたのです。

☆なぜその4.5%のために私事の自己決定まで機能を停止させられなければならないのかと。しかも、ウェブがこの気づきを拡大しました。20世紀型の紙媒体のメディアやテレビというメディアは、媒体の資源が限られているために、デフォルメしてPRせざるを得ない強大な資金がかかる産業です。

☆経済的には富裕層、そしてその子弟が活用するエリート教育に焦点をあてるのは、効率が良いわけです。いやいや不特定多数の庶民が読んだり見たりするから、公平なのではないかと思うかもしれません。

☆いいえ、巨額の資金を出してくれる大口スポンサーが必要なのです。これもまた法律制度ではなく市場制度で、制度は背景に隠れています。

☆ところが、このメディアにおける市場制度が、ウェブ、すなわちSNSなどで崩され始めているのです。そしてそこを崩し始めているのが、エリート教育ではなく人間力教育を行っている私塾や私学なのだということに気づいたというところが肝心なのです。

☆4.5%の人間だけではなく、すべての人間存在、1人ひとりのかけがえのない存在が尊重されて学べる拠点としての私塾や私学があるのだということなのです。

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