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新たな動き【60】なぜ本郷と吉祥女子なのか?

☆まったく20世紀型教育で十分なのだと自信をもって語る本郷と吉祥女子。自分たちのことを20世紀型教育と直接は言っていないが、C1英語もやらないし、アクティブラーニングも学校を挙げてやるわけでもない、東大を頂点とする学歴社会を肯定し、そこで勝つか負けるかという「社会進化論」を邁進している。塾歴社会の枠組みの中で安定的ポジショニングを維持したいという姿勢や考え方を20世紀型教育という。

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☆部活も盛んで、それがかえってよいことだと言われている。部活という制度が、民主主義社会で、その正当性や信頼性、妥当性を真摯に考えねばならぬときに、そんなの関係ないという姿勢。ちょっと間違えれば、アイヒマンが生まれる土壌。それを20世紀型教育というのだが、たぶん両校は自覚はない。

☆しかし、そんな社会で、ヴィゴツキーの最近接発達領域が生まれた。この理論は道半ばであるが、21世紀型教育でも引き続き継承される大切な理論である。

☆にもかかわらず、21世紀型教育をやっていると言えば、生徒が集まると戦略的な学校もある。そういう偽物21世紀型教育校に限って、そんな最近接発達領域など古いから知らないと嘯いているところもある。

☆本郷や吉祥女子の偏差値は高くなっているが、麻布や女子学院の生徒に比べてどうだろう。なにが違うのだろうか。

☆おそらくいわゆる受験勉強を一生懸命して入学してくる生徒が多いだろう。麻布や女子学院の生徒は、受験勉強以上の教養が豊かな生徒が多い。そこは直接は入学試験で測られないから、偏差値で比べれば、天と地ほどの差はない。

☆ところがだ、6年間の間に本郷や吉祥女子の生徒は実によく成長する。なぜか?それは筋金入りの良質の20世紀型授業だからだ。最近接発達領域を見つけ、生徒1人ひとりの特徴をきっちり認識するから、1人ひとりが伸びるプリントが大量に作成されるに違いない。

☆見てもいないのになぜわjかるのか?それは私自身、良質の20世紀型教育環境にいたからだ。C1英語も、アクティブラーニングも、海外研修もなかった。でも、友人たちは見事に社会に貢献する仕事についている。

☆議論もよくしたし、読書の量も半端じゃなかった。担任の先生のうちでみんなでいろいろ話した。数学の先生だったが、本間のニーチェ論は違うなあとか、太宰治と強引に重ねているのではないかとか、ふとあるとき、話しかけられたりした。

☆国語の先生には、夏目漱石の前期三部作における三角関係論やちょっと危ない人間関系について議論するきっかけをもらったりした。授業時間に議論はなかったが、そういうテーマのレポートが宿題に出され、授業直前にプレゼンをさせられたりした。だから、私が下宿していた部屋に友人たちがやってきて夜を徹してよく話をした。

☆地学の先生には、フィールドワークにつれらていったが、夏休みの話で、授業は講義型。でも地球と宇宙のつながりに思いを馳せる刺激は大いにあった。授業そのものではなく、そのあと友人たちとブルーバックスを読み漁って、大いに議論した。もちろん、知ったか議論だったが。

☆バスケットにサッカーに柔道に。。。帰宅の途中は、繁華街ではめをはずし。。。

☆20世紀型教育大いに結構ではないか。本郷や吉祥女子の授業などは、私が受けた授業以上だろう。生徒が成長する授業。そこには緻密な最近接発達領域を見つける教師がいるものなのだ。その理論を自覚しているかどうかはまた別問題だが。

☆コンサルタントが語るファシリテーターも、果たして、この「最近接発達領域」なるものを意識しているのだろうか。ただ上からものを言わないだとか、抑圧的な物言いをしないとか、カウンセリングマインドだとか、情況論ばかり言っているのではないか。

☆ファシリテートするときに、最近接発達領域を見いだす仕掛けをしているのだろうか?良質の20世紀型教育は、自前のミニテストや実力テストという、ファシリテーションをこまめにして、生徒1人ひとりの知識の定着度や思考のプロセスを認識している。

☆偽物の21世紀型教育は、教師がミニテストもつくらないし、実力テストも作成しない。テストは悪だという教師もいる。そのくせルーブリックだと。

☆何をいっているのか?さっぱりわからない。テストは問いの集積集である。問いかけができない教師が、ファシリテーションなどできるはずがない。

☆そういうと、ベネッセのシステムを使っているんですよ。リクルートの学習サプリを使っているんですよ。1人1台タブレットを活用しています!と自信をもって語ってくれる。

☆20世紀型教育の平均的データベースが集積されているシステムに過ぎない。どこが21世紀型教育なのだ。

☆グローバル教育は、教室を超えてやらねばならない。それが21世紀型教育だと語ってくれる。アジアの貧しい人々を救済するプロジェクトなのだと。そもそも日本にいながらにして、わたしたちが条件付きだが不自由なく生きていることが、そのような事態を生み出しているのに、そこを見ようとしない。

☆貧困を救うにはどうしたらよいか?それがトリガークエスチョンだと。おおーい。2000年に私と仲間が、Hondaと協働してつくったプロジェクト学習でデザインした「トリガークエスチョン」の概念はそういうものではない。いつのまにか名称だけが広まったが、とんでもない間違いだ。悪貨は良貨を駆逐する。

☆21世紀型教育は、20世紀型教育の平均的なデータ集をタブレットを使って学ぶことだと大勘違いしている学校がある。

☆なぜその国に行くのか?なぜタブレットを使うのか?なぜアクティブラーニングをやるのか?そこに歴史的科学的必然性を考えない、たんなる趣味人がやるプログラムにつきあう子どもがかわいそうだ。

☆偽物21世紀型教育より、良質20世紀型教育の方がはるかによい。教育は趣味ではない。おもしろくなければ授業ではない、楽しくなくては授業ではないというのは、そりゃあそうだろうが、タブレットや海外研修など、自前でない新奇なパワーでごまかされても困るのである。

☆まずは、身1つで、対話1つで、授業を行えることが前提だ。すなわち、生徒自身が成長している自分に気づき、それが実は本当におもしろいことで、楽しいことなのだと自己認知できる授業が大前提だ。それがないのに、スタイルだけアクティブラーニング、海外研修だなんていうのは、子どもを持つ親の気持ちをバカにしているとしか思えない。そういう教師を見ると、親として悲しくなる。

☆良質20世紀型教育を行っている本郷や吉祥女子こそが、本物21世紀型教育を行ってくれれば、こんなに素晴らしいことはない。そう思うのは私だけだろうか。

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