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新たな動き【110】 獨協の人気 謙遜の美学からにじみ出る

首都圏模試センター「2016年7月統一合判」の志望者数関連データ」によると、獨協の複数回入試の志望者総数の前年対比は、107.9%。やはり、本郷、巣鴨同様、隔年現象が成り立つくらいたくさんの生徒が集まる不動の人気を誇る学校。しかし、両校と獨協の教育コンセプトはある意味真逆かもしれない。

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(2009年から始まったビオトープ。あれから7年今ではすっかり小さき森となっている)

☆獨協と言えば、天野貞祐。戦後教育基本法の立役者。今天皇の生前退位が話題になっているが、今の天皇と皇后が軽井沢テニスコートで出会う仕掛けをしたメンバーと同グループの人物。

☆それから、ノーベル物理学賞受賞者小柴さんが学生の頃、氏を朝永振一郎に紹介したのも天野貞祐。

☆つまり、獨協の第二の創設者ともいうべき天野貞祐は、時代や世界を創る知恵と強靭な精神を有し、生徒の才能を拓く機会(オポチュニティー)をつくる時のリーダーだった。同校はその魂を今も継承している。

☆しかし、そのことを際立たせない謙虚というか奥ゆかしいというか謙遜の美学が横たわっている。この第二次世界大戦後の日本が復興のスタートを切ったときに大貢献をした人物の中には、その多くが私学の経営者だった。あるいはその経営者に大きな影響を与えた思想家だった。

☆その私学とは、獨協、麻布、JG、桐朋、聖学院、恵泉、鴎友学園女子、普連土、立教グループ、聖心を中心とするカトリック校・・・。もちろん、安倍政権の系譜がすぐにそれを覆そうとして、今に到っているのだが。カトリック校の中にもユダ的になっているところもあるのだが・・・。

☆ともあれ、吉田茂、南原繁という2人のSと協調したのが、今の天皇皇后。今再び危機の前に天皇が生前退位の話題を持ち出したというのは、おそらく無意識層で戦争回避と平和への意志が発動したのかもしれない。

☆話がそれたが、そんな正しき意志のグループのメンバーであれば、獨協はもっとそこを強く発信すればよいのに、何ゆえに謙遜の美学なのだろう。

☆他のメンバー校は、それぞれ記念碑的な教育活動を行っている。たとえば、麻布は、「論集」「新教養講座」はあまりにも有名だが、これを創発した中心人物は麻布の前校長氷上先生。先生の父親は南原繁の弟子で、同じ弟子丸山真男が師に距離を空けたの対して、実によくその思想や精神を継承した。その流れが麻布にも流入しつづけている。とはいっても、南原繁の思想というのではなく、南原の師であった新渡戸稲造や内村鑑三、つまりは、彼らに勇気と影響を与えた江原素六という系譜が循環しているのである。

☆しかし、獨協は天野貞祐の思想だけを記念碑的に扱うことができない理由がある。戦前に創設されたとき、その獨協の創設者たちは、実は≪官学の系譜≫をつくった人々だったのだ。聖学院の初代校長石川角次郎が論戦を挑み絶望した東大初宗理加藤弘之もその一人である。

☆今も日本の公立教育の源泉は、天賦人権説ではなく、法律進化論的な優勝劣敗思想がベースにある。私学であるのに、戦前はそこに与していた。それが戦後一変して≪私学の系譜≫に転換した。

☆加藤弘之は、はじめ福沢諭吉と共に天賦人権説を提唱していたのに、東大初宗理になるや、天賦人権説を捨てて「転向」したのとは逆に、獨協は優勝劣敗社会進化論から自由・平等・憐みの情を理想とする啓蒙思想の系譜に「転換」する。

☆このように、獨協は教育のパラダイムの転換を歴史的に経験し内在せしめているために、戦前を経験し、その徹底した反省のもとに今日の繁栄を築いたドイツとどこかマインドがシンクロしている。その謙遜の美学の記念碑がドイツのあるアソシエーションと連携して探究してきたビオトープであろうが、それもまたキャンパスの中ではかなり目立たないところにある。

☆しかし、入試問題は学校の顔であり、謙遜の美学であろうとも、真実は入試問題に宿る。だから、問題の中には記述式の「思考力問題」が、麻布の入試問題のように埋め込まれている。

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(今春の獨協の3回目の社会の入試問題の最終問題。コンセプトだけで比較すれば、東大の日本史の問題以上の質かもしれない。)

☆だから、麻布同様、タイプ④の生徒が挑む学校なのである。巣鴨はタイプ③、本郷はタイプ③と④の区別は曖昧。獨協はタイプ④とはっきりしている。聖学院のように、タイプ④以外にタイプ②にも門戸開放しているところもあるが、要は麻布や獨協、聖学院は、本郷や巣鴨のように法実証主義的世界観ではなく、自然法論的世界観にある。つまり人類普遍の原理を大切にする世界。法実証主義は、価値は相対的で普遍的であるかどうかは、実社会や実利において関心を持つ必要はないのである。

☆エッ、巣鴨は遠藤隆吉が≪私学の系譜≫を重視していたのではないか。実は巣鴨のおもしろいところは、獨協の逆なのである。遠藤隆吉を創設者としてあがめながらも、その思想を振り返らないがために、自然状態的な理想に対し無関心にになり、社会状態の現実の中でサバイブすることのみに関心が傾き、自然状態がみえなくなっている。見えないということはないも同然であるという、啓蒙思想が実証主義にとってかわられる歴史的流れに巣鴨もあるだけのことである。

☆しかし、遠藤隆吉を捨てない限り、いつでも巣鴨は、≪私学の系譜≫に帰還することができる。

☆さて、獨協の話からずいぶん拡散したけれど、それほど歴史的にそしてだからこそ未来に向けて価値ある・存在意義のある学校だということではあるまいか。

※2009年に獨協についてコメントを書いているので、そちらも参照してくだされば幸い。

伸びる学校[006] 獨協中学のビジョン①
伸びる学校[008] 獨協中学のビジョン②
伸びる学校[010] 獨協中学のビジョン③
伸びる学校[011] 獨協中学のビジョン④
伸びる学校[014] 獨協中学のビジョン 了

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