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新たな動き【131 】 未来を拓く学習院女子

首都圏模試センター「2016年7月統一合判」の志望者数関連データ」によると、学習院女子の複数回入試の志望者総数の前年対比は、145.8%。この人気は、なぜか?ちょっと考察する価値がある。

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(同校のサイトを開くと、目に飛び込んで来る言葉は「輝け、わたしの中のわたし」)

☆吉祥女子もそうだったが、前年の対比が跳ね上がっているのは、サンデーショックの影響は大だが、それ以外の要因もあるだろう。それが何であるからは調査しようがないので、ここでは括弧にいれておこう。

☆ただ、同校は、たしかに伝統的な女子であるが、吉祥女子とはまた違う。何が違うかというと、おそらく純金融資産が5000万以上の準富裕層のファミリー層が多いだろう。

☆私立学校だから年収の高い層がどの学校も受験するが、同校の場合は、すでに資産がある準富裕層が他校に比べて多いと予想する。

☆年収は高いが、まだ純金融資産はマス層という家庭は、純金融資産はこれからつくっていく。そして、その作り方は、今の60歳以上の準富裕層とは違う。21世紀型スキルが必要となる。

☆しかし、学習院女子の選択者は、すでにある資産を持続可能にすることのほうが重要だろう。だから「輝け、わたしの中のわたし」になる。

☆どういうことか?「わたしの中のわたし」のはじめにでてくる「わたし」を「わたしA」、二番目に出てくる「わたし」を「わたしB」としよう。

☆すると、「わたしA」はすでに破格の資産環境のわたしで、そこをいじる必要はない。だから「わたしB」を磨くという理屈になる。この層にとっては、学習院女子は確かに未来を拓いてくれるだろう。

☆ところが、これから準富裕層の仲間に入ろうとする場合、「わたしA」と「わたしB」の壁はない。同時に磨き上げなければならない。しかも予想不能な社会で資産を創出するのだから、21世紀型スキルをもった「わたし」でなくてはならない。

☆21世紀型スキルは、内省×創造型の思考力である。自分の中にある殻、対人関係の壁。社会の閉塞状況のなど風通しよくする熟考とその実現をデザインすることがポイントになる。

☆しかし、すでに純金融資産があり、その増やし方と持続可能性を強化するには、創造型思考はあだとなる。内省的思考で十分なのだ。

☆この内省的思考は、しかしながら、正解到達型論理思考ともまた違う。内省的思考は、必ずしも能動的でなくてもよいわけだからだ。むしろパッシブインカムのほうが重要なのである。

☆つまり正解到達型思考は、マス層のサバイブ能力である。京大の溝上教授が、アクティブラーニングは学校から仕事へのトランジッションだというとき、当然ながら、日本の人口約80%のマス層の能力のことを言っている。

☆もちろん、溝上先生も、そんなことを意識していない。私が21世紀型教育をリサーチしているのは、もしこの21世紀型スキルが80%のマス層に伝授されたら、日本はどえらいことになるだろうなあと推察するからだ。

☆ただし、80%がポピュリズム的・新自由主義的21世紀型スキルを振り回しては困るから、まずはリベラルアーツ型の21世紀型教育を私立学校で創出し、プロトタイプをつくってからという順番の方が、格差社会を解消するクリエイティブプロブレムソービングができるだろうというビジョンがあるから。

☆学習院女子の中学入試と吉祥女子の入試問題を比較すればよくわかるが、前者はどの教科も記述が多く、たしかに内省的思考力を要する。

☆一方、吉祥寺の入試問題は、記述は少なく、やはり圧倒的に正解到達型リニアーな論理的思考の問題を出題している。

☆学習院女子は、20世紀型教育とか21世紀型教育とかいうカテゴリーに収まらない。純金融資産ベースの準富裕層以上の持続可能なスキルを育成する教育なのであり、そんな私立学校は、日本には少ない。

☆将来マス層の中で、高年収を稼ぐという見通しの家庭か、少なくてもアッパーマス以上に抜け出ようというビジョンの家庭かどちらかである。

☆そして前者を20世紀型教育志向、後者を21世紀型教育志向と呼んでいるのである。それだと格差社会を是正できないのでは?とお思いだろう。

☆いやそれは違う。20世紀型教育志向の場合は、従来型のポジショニングゲームの中でサバイバルするから、格差社会是正はないが、21世紀型教育の場合、金融資産の創出の仕方が、20世紀までとは違ってくる。もちろん、格差社会を是正しようという革命的ビジョンなどはないだろう。

☆むしろ不要だ。そのような政治的イデオロギッシュな発想が格差を生み出すからだ。21世紀の金融資産の創造の過程は、そこに参加することによって、格差を是正する方向にシフトするように時代が動いているからだ。

☆つまり、アダム・スミスの夢が現実化しようとしているということ。そこまでの過程は、世界全体にとってはもちろん茨の道。格差がいまここでなくなるわけではないからだ。だから、当然その過程では、マス層は、目の前の利益を優先せざるを得ない。

☆富裕層がそんなこと考えているのか?新しい富裕層への道を歩いている人はそう考えている。スタンフォードやハーバードやMITと言えば、富裕層が環境を創っている。今彼らはデザイン思考とかプロジェクト思考とか展開している。

☆アートと哲学と創造と!と語っている。彼らの夢は、結局アダム・スミス的経済とウィリアム・モリスやイームズのような実生活にアートを持ち込むデザイナーをプロトタイプとしている節がある。実際、デザイン思考の生みの親ティム・ブラウンの着想はここにある。

☆残念ながら、日本の教育には、そのビジョンを映し出す環境の機会が7%しかない。同世代人口が日本の私立中高一貫校に通う人口シェアがそれだ。

☆その7%の中でも、きちんと21世紀型教育を意識している学校となると、2%。この数字は、日本の超富裕層・富裕層のシェアに一致する。

☆スタンフォードもハーバードもMITもこの層の価値観の転換を考えている。そして東大や京大はといえば、その意識は全くないない。では、どうするか?マス層の価値意識を変える戦略。もし、そう動くならば、欧米先進国とは違う方法論で世界を変えられるかもしれない。

☆この違いが、21世紀型教育への抵抗だとするならば、それはすばらしい。しかし、やはりたんなるポピュリズム誘導だとするならば、困ったことになろう。

☆もっとも、ポケモンGOが暗示するように、世界はICTによって、越境して教育をゲットできる時代だから、そこに期待する必要はまったくないのかもしれない。

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