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第三の学校選択へシフト(1)偏差値指標

☆1989年ベルリンの壁が崩れるまでは、中学入試における学校選択は、偏差値によるものであった。つまり優勝劣敗発想であり、量的データによるわかりやすい指標が人気となった。大学合格実績にこだわるのも偏差値主義と同じだと考えてよい。いずれにしても、このわかりやすさが中学受験の大衆化を浸透させていった。

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☆1989年以降、デフレ経済に突入していく中で、それを乗り越える期待を一身に背負ったIT革命が、グローバルな教育へと視野を広めた。特に偏差値的ベルカーブを突き抜けるベキ数的な価値の急上昇のイメージは、新しい成長の威力に気づかせた。

☆しかし、たしかに、それは、テロやリーマンショックなどで、絶望へと変わったのだが、その脅威は、はじめて偏差値という量的評価への見直し、質的評価へのビジョンの種を生成することにもつながった。

☆「ミレニアム」というキーワードが話題になったり、OECD/PISAが注目を浴びたりで、20世紀末に、教育領域において「21世紀型教育」という言葉が誕生した。その後、「21世紀型スキル」という言葉に象徴されるような動きも始まった。パソコンからタブレットにスタイルが変わっただけなのであるが、1人1台の浸透がその動きを加速した。まさにべき数の顕れなのだ。

☆ポストモダン時代の影響も受け、組織もピラミッド型組織から学習する組織という新しいシステムへの移行も影響を与えた。

☆しかしながら、それは世界の話であり、日本の受験業界は、2011年3月11までは、まだまだ偏差値指標で、学校の選択がなされ、生徒の学力も偏差値指標でレッテル貼りされた。

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☆本来、偏差値はそのテストの内容の到達度の相対的評価を測ることが目的なのに、学校ランキングや生徒の能力全体を測定するという針小棒大な誤謬がまかり通ることになった。

☆そのために、「あ」に属する生徒のみが優秀とされ、ほかは負け組となった。これによって、「あ」に属する生徒は他者のレッテル貼りが気になり、自分を見失ったし、「い」に属する生徒はリベンジへ再度椅子取りゲームに意欲を燃やすか、挫折感に憔悴しきったのだが、どちらも意欲は外からもたらせたものに過ぎなかった。

☆「う」に属する生徒は自己肯定感をすっかり喪失させられた。「X」に属するはずの生徒は、その存在を受験業界で受け入れられることはなく、自分の才能に気づかないまま社会に出ていくことになった。

☆すべての座標領域で共通することは、「自分軸」がどこかに忘却されていることだ。これが20世紀型の教育であり、そこで育った生徒のほとんどが、GDPを右肩上がりにする量的基準で物事を考える相対主義的価値観の人間として生きることになった。

☆このような人材が形成した国のカタチに綻びがでてきたために、教育改革が幾度もプランされたのだが、対処療法の連続だったかもしれない。

☆しかし、2011年3月11日、世界の眼がフクシマに注がれ、私たちの何かが大きく変わる音を共有したことは確かである。「X」の領域の生徒の才能を受け入れなかった20世紀日本社会は、ハードパワー依存型だったが、今求められるのはソフトパワーである。この力を有している「X」の存在に気づくことは、じつは「あ」「い」「う」の生徒すべてに才能があることに気づく契機になる。

☆「X]の存在を呼び覚ます教育改革が求めらることになったのである。

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