« 海陽 4年生論集「刻」から見える教育の質の高さ(1) | トップページ | 【速報】三田国際 中学オープンスクール あふれる »

海陽 4年生論集「刻」から見える教育の質の高さ(2)

☆海陽の論集「刻」のコンセプトは何だろうか?それは表紙のデザインに表出されている。

Photo
☆このシンプルなコンテンポラリーアートはなんてコンセプチャルなのだろう。

☆実は、このデザインも生徒自身の手によるものである。そして彼は、こうコメントを刻んでいる。

表紙のことば

線は「海の波」、背景の白で「太陽の光」を表現しています。

ただ、僕が言えるような立場ではありませんが、絵画に限らず、すべての芸術作品において、制作者が作品に込められた意味をこのような形で説明するという行為は、この上なく無意味なことだと考えています。人は全ての作品に対して自由に鑑賞できる権利があるはずなのに、上記のような文章は鑑賞者に変な固定概念を与えてしまい、たとえ作者の意図とは異なる何か別の魅力を見つけたとしても自分の考えを認めることができず、既に決められた視点でしか作品を見ることができなくなる恐れがあるからです。

先入観にとらわれずに、自分が率直に思ったことを貫くことができる姿が、人間の本来あるべき姿だと思うのです。

☆ここには多重の鉄鎖に縛られている人間の実存が描かれている。すでに選択する間も与えられず、既成のものの見方が通じている社会に生まれいている人間。そしてそれがゆえに、慣習や因習によって形作られる自己の先入観に縛られている自分。

☆その実存をクリティカルに思考し、鉄鎖を一つずつちぎって自由になっていく創造的な思考をフル回転させる人間がいる。

☆論集は、強制されて書くのではなく、書きたいものを書きたいように書く強い意志が必要なのである。しかし、その自由は、読む側にある種制約を与えるおそれもある。書くという行為の自由と規制の多義性。

☆そんなことを問いかけているかのような表紙のデザインなのではないか。あくまで私見に過ぎないが。

☆そして、これこそ論集「刻」のコンセプトではないだろうか。論集「刻」を手に取った者は、この表紙がまるで探究の洞窟の入り口のようにみえてくるではないか。そして扉を開けば、問われるのである。「先入観」から自由になれるのか。なれるのであれば、先に進みなさいと。

☆洞窟は暗い。君の瞳をサーチライトにしてよく見渡しなさい。耳を澄ましなさい。焦らず足元に何があるか確認しなさい。そして、イマジネーションの翼を広げなさい。洞窟の向こうに創造の地平が見えてくるはずだ。

☆海陽の知の洞窟探検に出かけてみることをおススメする。

|

« 海陽 4年生論集「刻」から見える教育の質の高さ(1) | トップページ | 【速報】三田国際 中学オープンスクール あふれる »

21世紀型教育」カテゴリの記事