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希望の私学 工学院の先生方と出会って 

☆9月19日(月)、21世紀型教育機構設立記念シンポジウムは盛会のうちに幕を閉じた。北は福島、南は鹿児島と多くの学校関係者の方々と時間を共有できた。新しい日本の教育のカタチをいっしょに考える時間となったと思う。皆さま本当にありがとうございました。

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☆このシンポジウムをきっかけに、多くの志あるしかも見識の高い先生方とお会いできた。奈良や鹿児島、京都、名古屋の先生方の熱い想いに感動も頂いた。昨日も富士見丘の吉田成利先生(富士見丘校長補佐・明海大学法学博士)がサポートしている大学院レベルのオールイングリッシュの模擬国連部のインパクトある活動を目の当たりにした。

☆どうやら、私の最後の役割は見えてた気がした。先日、工学院のiTeam(イノベーションチーム)の先生方とワークショップを行ったときから、自分の心の中で何かが生まれていたのは、これだなと確信した。

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☆私自身は1998年から盟友たちと私学の先生方と、授業のプログラム作り、特にPBLの宿泊探究学習をつくってきた。授業・テスト・評価のプログラムメイカーだと思ってきた。

☆しかし、聖学院の思考力セミナーについて先生方と語り合ったり、かえつ有明のアクティブラーニングチームメンバーと対話したりしていて、あっ、もはや自分のプログラムメイキングは最前線ではなくなっているなあと感じ始めていた。

☆日本私学教育研究所主催の夏期研修で初日私がワークショップをやらせていただき、次の日、上田信行教授が学びのロックンロール「プレイフルラーニング」をやったのだが、帰り道々上田先生に、内容はよいけれど、遠慮しないでどんどん新しい用語を使った方がよい。これからの若い先生方にとっては、私たちの言葉は古すぎるよと助言を頂いた。

☆不易流行をちゃんとやんなさいということなのだが、つまり、ここに私の限界線は見えたのだ。そのときは「限界」という文字は浮き出てこなかったが。そんなとき、1981年にカテドラルで目の前で会ってしまったマザー・テレサが列聖した。自分の中で、これは何かあるなと思いつつ、まだ悶々としていた。

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☆そんなとき、工学院のiTeamの先生方とのワークショップを迎えた。実は、チーム思考力のメンバーも入り、拡大iTeamになっていたのだが、このチーム思考力メンバが編集デザインした「思考力セミナー」も少し前に見て、完璧じゃないかと感動させられていた。8月に、スタンフォードの「デザインシンキング」の研修をいっしょに受けていたのだが、そのときのスキルがはやくも導入されていた。俊敏力がすごい。

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☆そう思いつつ、ワークショップを先生方と行っていた。iTeamのワークショップは、私がファシリテートをするわけではなく、太田先生と田中先生、加藤先生とチームファシリテーションを行っていく楽しさがある。ワークショップの事前のメールのやり取りがまたおもしろいのだ。

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☆先生方はiPadやノートパソコンを持っているから、ICTと私のアナログのドコデモシートツールやパワーポイントがなんかいい感じで化学反応を生み出す。

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☆しかし、ワークショップが終了したところで、サプライズ。私の59歳の誕生日を祝うために先生方がバースデイソングを大合唱してくださった。照れくさくもあったが、「限界」という文字が明快に心に刻まれた瞬間だった。霧は晴れたが、同時に、「限界」を乗り越える10年をいかに生きるか考えないではいられなかった。おそらく、それ以上命はないものと覚悟しなければならないからだ。

☆21世紀型教育機構の事務局を任せられて、この機構をどのように発展させるか、それには自分の「限界」に成長の速度を合わせてはいけないのだ。そのことをiTeamの先生方に教わった。

☆その数日後、麻布の前校長氷上先生にお会いした折、「本間さんは、近大日本の3山脈、福沢山脈、漱石山脈、内村山脈のどれかに属しますか」と尋ねらてたとき、ちゃんと応えることができなかった。

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☆しかし、今ならば、内村山脈を登る入り口ぐらいにいるかなと思う。私自身は何のタイトルもない。そんなとき、内村鑑三は、それでも世の役に立てよとエールを贈ってくれる。「後世の最大遺物」という書がそれだ。

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☆この書には、こうある。

事業家にもなれず、金を溜めることもできず、本を書くこともできず、ものを教えることもできない。ソウすれば私は無用の人間として、平凡の人間として消えてしまわなければならぬか。・・・・・・金も実に一つの遺物でありますけれども、私はこれを最大遺物と名づけることはできない。事業も実に大遺物たるには相違ない、ほとんど最大遺物というてもようございますけれども、いまだこれを本当の最大遺物ということはできない。文学も先刻お話ししたとおり実に貴いものであって、わが思想を書いたものは実に後世への価値ある遺物と思いますけれども、私がこれをもって最大遺物ということはできない。最大遺物ということのできないわけは、一つは誰にも遺すことのできる遺物でないから最大遺物ということはできないのではないかと思う。そればかりでなくその結果はかならずしも害のないものではない。昨日もお話ししたとおり金は用い方によってたいへん利益がありますけれども、用い方が悪いとまたたいへん害を来きたすものである。事業におけるも同じことであります。クロムウェルの事業とか、リビングストンの事業はたいへん利益がありますかわりに、またこれには害が一緒に伴とものうております。また本を書くことも同じようにそのなかに善いこともありまた悪いこともたくさんあります。われわれはそれを完全なる遺物または最大遺物と名づけることはできないと思います。

 それならば最大遺物とはなんであるか。私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる、ソウしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います。これが本当の遺物ではないかと思う。他の遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないと思います。しかして高尚なる勇ましい生涯とは何であるかというと、私がここで申すまでもなく、諸君もわれわれも前から承知している生涯であります。すなわちこの世の中はこれはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であるということを信ずることである。失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずることである。この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。

☆事業家でもない、作家でもない、教師でもない、なんでもないこんな自分でも、ウイリアム・モリスの描く「ユートピア」の創造的資本主義版を夢見て、「勇ましい高尚なる生涯」を最後の10年としようと思う。

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☆もっとも高邁でも高尚でもないが。それにしても、我が宿敵ハイデガーがまたもここに現れてきた。存在者が忘却している「存在」の「死」への気遣い。いや、存在者と存在の二元論こそ打破しようと決めていたのに。「死」を迎える10年を考えなくてはならないとは。

☆おそらく、その10年は、先生方のクリエイティブラーニングを創るお手伝いと首都圏模試センターの山下氏の思考コードという模擬試験会社では前人未到のコンピテンシー評価システムのお手伝いをして終わるであろう。

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☆ダラダラと、だいぶ大げさになったし、「死」は突然訪れるから、勝手に「10年」というのもおこがましい話なので、この辺にしたほうがよさそうである。

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