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麻布の使命

リセマム2016年11月15日の記事に≪【私学訪問】超一流になれ…「ぶれない基準」を作る教育 麻布中学校・高等学校 平秀明校長≫というのがある。一見スタンダードなわかりやすい麻布の輪郭を知るインタビュー記事。

☆しかし、ステレオタイプな保守的な見方を埋め込んだ麻布らしくない麻布が描かれている。端的に麻布の教育の使命は世界を変えることである。

Photo
(麻布入試風景)

☆もちろん、この「世界を変える」という意味には、生徒1人ひとりの世界観を変えるという意味もあるし、グローバルイシューを解決するという意味もあるし、歴史の背景にあるパラダイムを転換するという意味もある。

☆創設者江原素六は、幕臣から下野して、決して政府側に立つことなく、青年即未来をまっとうしたが、この江原素六の学校から飛び立った多くの生徒は世界を変える活躍をしている。それが「超一流」ということだろう。

☆平校長がアクティブラーニングについてこう語っていることになっているところがある。

本校の授業は昔からずっと、アクティブラーニングの形態です。「自ら調べ、考える」が学びの根本だと考えているからです。中学の入試問題を見ていただければわかるのですが、「書く」ことを重要視しています。たくさんの資料を読み、自分の考えをまとめ、それを論理的に伝えられる力を身に付けてほしい。麻布では、単なる知識のインプットという一方通行な授業は行いません。検定教科書に頼るのではなく、教師が腐心して準備したオリジナルのテキストやプリント教材などを使っています。

☆残念だが、これはアクティブラーニングとは言わない。学問という。そのあとにこういう箇所がある。

たとえば現代文の授業では、教師が厳選した作品を読み、それに対して与えられたさまざまな「問い」に対し、生徒たちが数名のグループになって議論します。答えはひとつではありません。議論の結果をクラス全体で共有することにより、生徒たちは多くの視点を得ます。一読しただけではまったく理解できなかった文章を、こうして互いに掘り下げていくことで、作者の深遠なメッセージや時代背景など、その作品の奥行きに気づくことができるのです。

 中学3年生では、指定された近現代の文学作品の中から1作を選び、原稿用紙100枚にもおよぶ卒業共同論文を課しています。高校1年生には、社会科基礎課程修了論文(通称、修論)を課します。テーマは政治・経済から歴史、哲学まで多岐にわたります。毎年、本当に高校生が書いたのかとその道の専門家を唸らせるような論文もあります。

 このように本校では、主体的な学習姿勢を形成し、幅広い人間理解、豊かな感性や論理的思考力の育成を目指しています

☆これは、まさに学問そのものである。それを、昔からアクティブラーニングだというレッテルを貼ることにより、重大な問題を引き起こす。多くの高偏差値の学校が、然り、うちもそうだと。

☆なんで、自分が変わりたくないことを正当化する理論を麻布が提供するのか摩訶不思議。だいたい、麻布のような学問レベルの授業をやっているところなど、そんなにたくさんない。

☆麻布のような学としての授業センスがある学校は、本当は言うまでもなくわかっているだろう。言葉は、世界の限界なんだ。だから新しい言葉を使う時、世界の限界を突破しようとして、最初使われるようになったのだ。

☆麻布が変わる必要は毛頭ないが、だからといって、変わらない正当化理論を提供する必要はない。対話や議論や思考というものを、それこそハイレベルでできない状況を現状の大学入試問題は造っている。

☆それこそ麻布の中学入試にあるような問題ばかりを大学側が出題してくれるのなら、アクティブラーニングなど必要ない。どの学校もそのような問題に向かって学問的な授業を展開せざるを得ないだろう。

☆しかし、現状はそうではない。だから、そこを突破しようとして、大学も中高もこぞって、対話や議論、思考というものを大切にする学びを生み出そうとしているわけだ。むしろ麻布は、そいういう方向性にエールを送るべきだろう。

☆アクティブラーニングは、対話や議論、思考力だけではなく、C1英語やICTも必要になる。なぜかわかるだろうか?それは英語教育産業やIT産業が儲けようとしてということもあるだろうが、少なくともそこに市場があるのだ。

☆ニーズがあるのだ。それを無視する必要はない。なぜ必要かというと、もちろん、ポピュリズム的要素もあるだろうが、本位はそこではない。

☆偏差値格差を埋めるためなのだ。本来はいろいろな才能を認めるべきなのだが、偏差値で測れる能力だけで、格差が生み出されてきた。

☆麻布の生徒は、それに勝ち残った生徒だから、それはそれでよい。しかし、そうでない生徒は、偏差値で測れる能力は不得意でも、それ以外の能力では天才的だったりする。

☆そこを浮きだたせるには、ICTを使って、偏差値格差を埋める作業をするのだ。そして、その埋めた後の足場で、それぞれの才能を開花するのである。

☆麻布の生徒は6年先にその足場を築いている。偏差値格差をつけられた生徒は、がんばって6年かけてその足場をつくる。しかし、そのときには麻布の生徒はさっさと次のステージに移っている。

☆その格差を縮めるために脱技能の補完装置としてICTを活用するのだ。英語は、言語の限界が世界の限界なのだから、多言語主義が世界を開くことは間違いないのだから、受験英語しかやってこない学校の生徒に比べて世界を変える確率は高くなる。

☆C1英語、アクティブラーニング、ICTをやっている学校は世界を変える一流の生徒を育てる学校なのだ。麻布のような学問を中高の内で行うには、同じ手法では足場ができない。

☆だから、麻布と対等に勝負できるためには、足場をすぐに立ち上げる技術が必要なのだ。つまり、それをイノベーションという。一握りの人間の才能を、広くシェアできる技術ということである。

☆開成や麻布がアクティブラーニングをやってもいいが、」やる意味もあまりない。だから、他の学校もやらなくてよいとか麻布と同じだなどとぬけぬけといわせるような情報を提供する必要はない。

☆みんなが麻布のような才能児を生むためには、生徒の学びの状態やプロフィールが違うのだから、麻布と同じ学習方法を実行することはできない。別の方法でアプローチせざるを得ない。

☆麻布のような学校ではなく、麻布のように才能児を生むには、麻布と同じ教育を実施しても成功しないのである。

☆それから、これはライターの感想かもしれないが、「麻布の自由は、大事に守られ、育てられてきた12歳の少年にとって、最初は少し酷に感じるかもしれない。自分で何かを選ばなければ、前にも後ろにも進めない。だが社会に歩み出た時、何が自分を支えてくれるのか。 麻布という空間での6年間は、自分を支えるものは自分自身にあることを気付かせ、青年を自立へと成長させる。多様性と不確実性が渦巻く未来に、「ぶれない基準を自分の中に持つ」ことは、生きていくうえでの礎となり、生涯彼らを支えるだろう。」というのは本当だろうか?

☆まず麻布を選択する受験生や保護者が、麻布の自由を理解しないで選ぶことってあるのだろうか。もし開成と麻布の偏差値を比べて、麻布の方が入りやすいという理由だけで選ぶことが前提であるなら、それはあるかもしれない。もともとかなり破格な精神の持ち主であり、「少し酷」ということはないはずだ。

☆もちろん、中にはミスマッチということもあるだろうが、それが一般的ではない。

☆「ぶれない基準を自分の中に持つ」ということは麻布の場合はあてはまらないのではないか。常にブレまくっているというブレのなさなら理解できるが、そんなブレない自分の基準に従うのが自由だなどいう優等生的な自由論は麻布には似合わない。

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