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思考コード~21世紀型教育の足場④

ニューズウィーク日本版 12/28(水) 14:30配信 「世界トップの教育水準を労働生産性に転換できない日本の課題」によると、<学力の国際比較で日本はトップクラスなのに、その潜在能力を労働生産性に転換できていない。今後の課題は、女性を中心とした高い能力を持つ人材を、どのように生産性に結び付けるかだ>という。

Oecd
(公益財団法人日本生産性本部による)

☆教育水準は高いのに、労働生産性は低い。それは先進諸国の中でいまだに長時間労働だし、ジェンダーギャップもひどい状態だからだということのようだ。

☆たしかに、そうではあるが、長時間労働を是正し、女性の労働環境や制度を改善し、働きやすくしても、1人当たりの労働生産性は低いままだろうし、結局時間当たりの労働生産性も変わらない。

☆単純な話、時間当たりの賃金が倍増でもしない限り、時間当たりの労働生産性も、1人当たりの労働生産性も上がらない。

☆心理学的には、癒しとゆとりが現れ、相対的にストレスが下がるから、極めて重要な現象が生まれる。よって、それでいいのだとなる。が、果たして、労働生産性はあがらなくてよいのか?

☆だから、イノベーションをということになるのだが、そのための教育はというと実は、それほど高くない。なぜかここは論じられているのだけれど、まだまだ声が小さく、教育と労働生産性の相関がちゃんと議論されていないのが現状だ。

☆どういうことかというと、ざっくりPISAの結果データだけみると、教育水準は高いが、労働生産性に結びついていないといえるのだが、労働生産性に結びつく創造的思考力についてみると、決して日本の教育は高くないのだ。

☆それは、数学的リテラシーも科学的リテラシーも最終スコアは高いのだが、中身をみると、批判的思考力や創造的思考力は低いのだ。まして、リーディングリテラシーはなおさら。

☆だから、知識・理解・応用の教育水準は高いが、論理・批判・創造の教育水準は低い。前者を低次思考、後者を高次思考と呼ぶと、労働生産性を上げるには、高次思考の水準を上げなくてはならないとなるのが良識的判断のはず。

☆高次思考の水準を上げると、クリエイティブな産業が多くなる。このインダストリー4.0だとか第4次産業革命とかよばれている仕事に就くクリエイティブクラスが多くなれば、相対的に時間当たりの収入は増えるし、労働時間も減る。

☆またクリエイティブクラスは、基本権威や権力になじまないから、ジェンダーギャップに象徴されるような分断線は解消される。

☆しかし、この話がすっと理解できない日本。メディアも全く取り上げない。どうしてか?それは思考には、低次思考と高次思考の差異があるという教育がなされていないから、メディアは事実を論理的に構成する編集しか学んできていない。

☆日本で思考と言えば、世界から見たら低次思考を指している。この世界ギャップをなぜか認識しようとしない日本の教育。本来はそのよに文科省が高次思考にマスクをかけてきたからで、それを今更2020年大学入試改革で、マスクをはずすからと言われても、急に外された方は、眩しくて高次思考はやっぱりみえない。

☆この低次思考と高次思考の差異を知ることは思考コードを創る第一歩であるが、なかなか遠い道のり。それをさっさとやっとのけている工学院やかえつ有明、三田国際、東京女子学園に未来は開かれると感じるのは私だけだろうか。

☆また、思考コードへかなり接近しているルーブリックを創っているところは聖学院、文化学園杉並、富士見丘である。八雲学園もラウンド・スクエアのメンバーになるから、そこのエスタブリッシュスクールではすでに思考コードに相当するタキソノミーが活用されているので、その影響を受けるのは間違いない。

☆思考コードの発想が高次思考の道を拓くのだが、それは同時に思考が労働生産性という生活世界を開くことにもなる。これが思考と世界の循環を生み出す思考論的転回の現実存在の影響の1つとなる。

☆しかしながら、重要な問題は思考論的転回は、労働生産性を生み出す条件そのものをクリティカルにイノベーティブに転換させるということなのである。

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