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思考コード~21世紀型教育の足場①

☆思考コード(知のコード、メタルーブリックなど呼び方はまだ定まっていない)の話をこれまで以上に全面的にするときがきた。2017年は、思考論的転回の始まりだからだ。

☆それはなぜか?それは歴史家に任せようではないか。一市民にそこまで求められても生活者であるから時間がない。

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(思考論的転回が始まっている工学院)

☆ただ、いよいよ学者も学際的に、いろいろな分野で、20世紀型社会や思想や国家の原点だった啓蒙思想を擬似システマチックにまとめたカント的文脈から抜け出る方法に気づきはじめた。

☆カントのすてきなところは、きちんと思考と存在、精神と世界に境界線を敷いたところだった。ところが、この境界線、権力や魑魅魍魎をはねのけられる防波堤だったのが、いつのまにか分断線になってしまい、学問そして教育、産業まで、存在や世界に配慮しないで、客観的に偏った科学主義を生んでしまった。

☆それが環境問題や格差社会や貧富の差や、権力の階層構造をつくっていったことにうすうす気づき始めたのが、1989年以降なのだ。

☆ハイデッガーのように、明快にそれに気づきながら、存在論的転回を、世界の優位性に位置づける誤りを犯してしまった偉大な哲学者もいる。

☆しかし、この軛は、フーコもデリダもハーバーマスもローティーも完全にはぶち破れなかった。学者と大衆という分断線があったがゆえに。

☆ところが、ようやく思考と存在、精神と世界の分断を消し去ろうという新しい動きが各領域で顕れてきた。しかし、それはまだ学問的分野に過ぎず、最先端のIT企業では、まだ思考と存在の分断線が残っている。

☆それゆえ、AI社会脅威論が生まれるのである。

☆しかし、思考と存在の関係性を考える思考論が生まれてきたのである。それを思考論的転回と呼ぼう。

☆21世紀型教育は、この思考的転回の文脈で生まれている。したがって、その具体的システムチップである思考コードを生み出せない学校は21世紀型教育を、本来は標榜できないのである。

☆もちろん、表現の自由だからよいのだが、歴史的には、ここに与しないのである。とにも、そんなことは、わからなくても、認知科学的戦略、AIoT戦略、サスティナビリティイグローバル戦略が一体となる動きが起こる2017年。思考コードの重要性を実感することになろう。

☆2020年大学入試改革や2030年問題などすべてこの歴史的文脈の結節点に過ぎない。

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