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思考コード~21世紀型教育の足場②

☆東京女子学園理事長・校長實吉先生は、思考力の重要性を十分に理解しているがゆえに、思考力入試というネーミングをあえて避けて、PISA型入試と名付けている。

☆それは思考力というと、従来の生活や世界から隔離された、特に教育界では受験システム内の思考力をさし、誤解を生むからだという。

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(東京女子学園は、地球思考コードとアクティブラーニングの相関関係を試行錯誤し、新しい思考力に挑戦している)

☆従来型の思考力を「浅い思考力」「低次思考力」と呼び、これからの思考力を「深い思考力」「高次思考力」と呼ぼうと言ったとしても、結局は生活や世界からかい離した難しい思考力のことを言っていると間違えられる可能性は高いと。

☆いやすでにそのような理解のほうが圧倒的に支配しているだろう。そうではなくて、思考と世界、精神と存在をつなぐとき、感覚や感性だではなくて、思考でにとらえ返し、新しい両項の関係をデザインし、実践していく思考論的転回を果たす時に手垢のついた「思考」という言説を使わないで、現状で思考論的転回のビジョンを有しているPISA型という表現をとろうというのは確かに慧眼ではある。

☆ただ、同じ対象をみながら、「天動説」という考え方をするのか「地動説」という考え方をするのかとで、私たちの生活世界が変わってしまうように、やはり「思考」という言葉で、新しいものの見方を共有できるパラダイムをつくることが、あらゆる領域に「思考」という言説が入り込んでいるのだから、世界を変えるには必要な戦略だと私は思う。

☆いずれにしても、教育界も哲学界もカントルネサンス。ヘーゲルルネサンスとも言われているが、結局はカントのカテゴリーから出られないという哲学者もいる。

☆實吉校長は、≪私学の系譜≫の直系だから、カントをよく学んでいる。だから、カントの限界も実感している。

☆この手の思想を今まで多く語ってこなかった。それは、40代後半以上の世代の教師陣は、カントはトレンドでなかったからだ。誰だったかは、1989年前を考えればわかるだろう。

☆その時代のトレンド哲学と対決するの手いっぱいだったのだ。

☆しかし、20代から40代前半までは、カントルネサンスの波を受けている。なぜなら、コンピュータ言語の世界に囲まれており、コーディングやカテゴライズ、マトリクスの世界に存在ているから、それをいかにとらえ返すかは、結局カントに戻らざるを得ないからだ。

☆AIに象徴される新境地のコンピュータの世界はカントの認識論をいかに乗り越えるかが重要問題である。

☆この文脈で「思考コード」がでてくる。カントの限界を乗り越える新しい思考。つまり思考論的転回がIT業界では、意識しなくても現象として世界に存在している。もちろん、まだまだではある。しかし、広がることは間違いない。

☆さて、その現象はいかにして可能か。そのことを考える新しい思考力が必要となる。当然、コペルニクス的転回、本当はケプラー的転回なのだろうが、カントがそこまで数学的思考を反映することができなかったからか、当時の貴族や学生に自分の本を売るためには、素朴現象論のほうが、よかったからなのかはわからないが、ケプラーを研究していながら、コペ転という名称を選択した。

☆ここに新思考力が誕生する時期がだいぶ遅れた理由があるのかもしれない。天体望遠鏡という媒体で集積したデータ分析が地動説を確かなものにした。

☆同様にコンピュータという媒介が素朴思考概念を新しい思考力に転回させることになる。これがAI社会の本当の問題だろう。

☆教育もこの思考コードで転回するしかない。まだまだ気づかれていないが、工学院、東京女子学園と確実にカントの乗り越えという新しい思考の世界かが着々進行している。

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