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2018年中学入試のベクトル【08】 男子御三家の21世紀型能力の意味 あまりに逆説的な!

☆東洋経済ONLINE2017年2月10日、おおたとしまさ氏の論考≪なぜ「開成」「麻布」「武蔵」から一流が育つのか 男子御三家で鍛えられる21世紀型能力≫が実に逆説的でおもしろい。この逆説としての意味が2018年中学入試のトレンドだからである。

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☆逆説的だというのには、もう一つ明快なわけがある。この論考は単独の意味というより、著作家が行う自著のサイト広報の一環であるし、出版社の重版をねらった広報戦略でもあり、2月10日という中学受験の熱冷めやらぬタイミングで公開し、中学受験市場にマッチングするような書き方をしているという点からも明らかなのである。

☆したがって、ルビンの壺よろしく、図の部分を真にウケるのではなく、地の部分である背景をむしろ読み解かねばならない。

☆たとえば、こうある。

首都圏の中学受験において、別格の存在感を放つのがいわゆる「御三家」と呼ばれる3つの男子校だ。

☆これは図として見える事実の部分はその通りである。しかしだ。21世紀型能力を男子御三家が育成していることがサブタイトルで示されている。ということは、この事実は20世紀型中学受験業界がメイクした共同幻想言説として事実であると読み取れるのだ。

手元の資料によれば、1960年代にはすでに麻布、開成、武蔵の順でトップ3が形成されており、1970年代以降は開成、麻布、武蔵の順になった。

☆わざわざ、おおた氏は、「御三家」という言説がどのあたりから使用されるようになったか歴史を紐解いている。高度経済成長期、つまり今の成長神話を生み出した時期に共同幻想言説として物象化したあと、事実と化するのである。

☆クリティカルシンキングをキーコンピテンシーとしている21世紀型能力を鍛える男子御三家が、この事実の上に安穏としているはずがないのである。別格の存在感の御三家とは、この言説の物象過程をクリティカルシンキングできるからであり、それができないミニ御三家を目指しているような学校があるとしたら、それでよいのかという批判的眼差しがあるのである。

☆そういう意味で一流なのである。御三家の玉座に居座っているようでは、三流である。≪私学の系譜≫として、自分軸は受験業界が名づけたブランドロゴに甘んじていいはずがない。おおた氏自身も同論考で≪3校が自ら「御三家」を標榜することはない≫とさりげなく断り書きをしているところからも了解できるだろう。

☆ある意味、東大早慶などの大学合格実績を前面に出して、御三家に続けといわんばかりのミニ御三家の存在が、御三家を受験業界と共に塾歴社会化のどうしよもないシステムにしてしまっているということに気づきなさいとおおた氏はルビンの壺の地の部分で語らずに語っているのだ。

☆そういう意味で、20世紀型教育が下支えしてきた成長神話産業の分節である受験業界と共謀してつくりあげた共同幻想言説「御三家」はおわらなければならない。

男子御三家に共通するのは、人の生き方の本質を突いた建学の精神があり、時代の荒波にもまれても、逆風が吹いても、かたくなにそれを貫き通してきたことだ。やれグローバルだ、ICTだ、アクティブ・ラーニングだと流行に振り回されるような学校は、時代の荒波を生き残れない。

「時代が変わったのだから、教育も変わらなければいけない」は一見正論だが、取り扱いに注意が必要だ。確かに時代は変わっているのだが、人間の本質はそれほどに変わらない。人間の本質が変わらない限り、教育の本質も変えてはいけない。

☆ここに書かれている図の部分は、一見受け入れやすい。しかし、地の部分では違う。本質とは、時代の本質的な変化をキャッチすることであるという意味で本質であり、生活や道具を変えずにかたくなに昔のままのものを温存するという物象化された精神ではない。

☆むしろ時代の影の部分がつくってきた物象化を開放する時代の変化の精神をキャッチし、モノ化した言説や思想をその物象化の呪縛から解くことが本質なのである。それが時代の変化を阻害する力を無化する≪私学の系譜≫としての御三家の本質なのである。

☆本質を根絶やしにしようとしてきた時代や教育から、本質を再び回復しようという時代の転換の意味をキャッチすることこそ本質であり、グローバルだ、ICTだ、アクティブ・ラーニングだという流行は、時代を変えようとしない旧勢力の目くらましなのだというのを見破ることこそ本質なのだ。

☆この本質にたてば、イノベーションやアクティブラーニングをただそれだけで否定することはおかしいのである。

名門校と呼ばれるような学校あるいはそうなるポテンシャルのある学校は、経済誌に躍るような派手な流行語をそのままパンフレットに引用するようなことはしない。必ず自分たちの建学の精神や教育理念に照らし合わせ、自分たちらしく意味づけし、自分たちなりの言葉に翻訳してから使用する。

☆これもおもしろい。受験業界や教育ジャーナリズムの世界において、その言説は、実は最初に本質を語っている学校が生徒募集を成功させた場合、その学校が使っている言葉を拾って使う。教育ジャーナリズムが自ら生み出すことの方が少ない。

☆だから、≪経済誌に躍るような派手な流行語をそのままパンフレットに引用する≫の真意は、成功した学校の言説をパクることを意味しているのだ。

☆たとえば、「21世紀型教育」と言葉は、実は学校でしか使えない本質的な用語である。ジャーナリストは自ら「21世紀型教育」を語ることはできない。それで21世紀型能力とか21世紀型スキルという言説を活用する。

☆21世紀型スキルという言葉が活用されたのは、企業が連携しているコミュニティからだが、企業の多くは教育を形成することはしないために、21世紀型教育とは使わない。使ったら、j虚偽にあたるからだ。

☆私も21世紀型教育を行っている学校を書くことはできるが、自ら21世紀型教育を行っていますとは書かないし、書けないのである。そういう意味では、「21世紀型教育」こそ経済誌も自ら使えない本質的な学校自ら創り出した言説だ。よいかどうかは、市場と歴史が決めるだろう。

☆いずれにしても、この言葉をジャーナリズムが活用するのは、その言説が市場で普及したときである。そのあとに、その言説の教育をさほど実施もしていないのに、パンフレットに使ったとしたら、≪経済誌に躍るような派手な流行語をそのままパンフレットに引用する≫ということになるだろう。

☆このへんの意味を考えないで、≪経済誌に躍るような派手な流行語をそのままパンフレットに引用する≫とおおた氏が語るはずはない。なぜなら作家は言論の自由を尊重するから、意味もなく表現を揶揄することはないからだ。

昨今、「教科の枠にとらわれるのは古い教育で、これからは教科の枠を超えた21世紀型コンピテンシー(能力)ベースの教育が大事だ」という論調が優勢になっている。教科を教えるのではなく、思考力や創造力、分析力、判断力、表現力、コミュニケーション力などの「能力」を鍛える教育を行うほうが実践的だというのである。

しかしいわゆる男子御三家をはじめとする名門校ほど、教科を基本としながら縦横無尽に教科の枠を超え、その中で生徒たちが自らコンピテンシーを涵養できるようにする方法を何十年も前から実践している。生徒たちが能動的に学ぶ、「アクティブ・ラーニング」についても同様だ。

☆≪教科の枠にとらわれることなく≫とか≪コンピテンシー≫とかは、要するに高次思考とかメタ認知とよばれる思考の次元。成長神話時代までは、低次思考で間に合ったが、これからは高次思考まで要求される。御三家は高次思考をはじめからやっていたよという話。もし、御三家以外も高次思考を学ぶ環境を整えたらどうなるのだろう。今までは思考の次元の壁があった。

☆御三家はその壁をぶち破っていた。それが枠を超える事であり、教科横断的ということであり、リベラルアーツということなだけだ。

昨今の教育議論は大風呂敷が広がっていくばかりで収拾の目処が立たない。枝葉の議論に振り回されず、今一度教育の原点に立ち戻ることも大切ではないだろうか。そのヒントが、男子御三家の教育にはある。

☆これはどういうことか?ルビンの壺の図の部分では収取がつかないように見える。拡散として映る。しかし、地の部分である背景にはどうなっているかというと、その広がりは深さに転換している。つまり、高次思考へというわけだ。

☆今までの低次思考で高次思考をとらえようとしると、立体を展開図にして開いたまま議論するから収集がつかない。だから、ちゃんと高次思考の次元に合わせて立体的に考えていくことが必要だ。それが思考の原点であり、御三家の教育もそこにあるのだということだろう。

☆かくして、21世紀型能力、クリティカルシンキング、高次思考を学ぶ御三家は、その共同幻想言説を払拭し、御三家のおわりを自らに宣告し、その20世紀型強欲資本主義の呪縛から解放されるのが歴史的必然なのである。

☆御三家のおわりを招く格別の存在である御三家。ルビンの壺よろしく地と図の両義性をもった御三家を、図の部分だけで語ってみせたのがおおた氏の論考なのであろう。

☆もちろん、本間の妄想だと一蹴されるだろうが(笑)。

☆ともあれ、2018年中学入試のトレンドは御三家のみならず多くの学校が本質的な教育を展開していくことになるだろう。

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