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なぜ「対話思考」ができる教師がいる学校が注目されるか。 (2)

☆今年3月、栄光学園は、70周年記念事業の一環として、新校舎を完成させた。首都圏模試センター北氏の論考「栄光学園の素晴らしい新校舎を見に行こう!」にそのコンセプトは詳しい。

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☆「木造/RCハイブリッド構造2階建て」。つまり、「低層」で「木造ベース」というのが重要なポイント。大船駅からちょとした山を登るように坂を歩いていき、キャンパスの坂をさらに登っていくと、視界がパッと開ける感覚。

☆もし3階建て、4階建てだと、その感覚を失ってしまう。もったいないということなのだろう。「木造ベース」というのは、すぐに推察できると思うが、まわりの自然とのつながりを大事にしているからである。

☆キャンパス自体は、バウハウス的な近代建築の工法だし、自然の素材や光や風を大事にするデザインはイサムノグチやフランク・ロイト・ライト的な自然との融和発想。栄光出身の建築家は、建築史にも造詣が深いから、私が思いつくような建築家や彫刻家らの発想は織り込み済み。インテグレイトしている。

☆当然、建築委員会のメンバーである学園側の先生方の教養も建築士とシンクロしているはずだ。

☆キャンパスのデザインそのものが、そこに生活する人間の存在全体をサポートする。感性や知性にまで。これは、建築家の鉄則で、アフォーダンスという空間認知心理学の理屈。

☆したがって、対話思考が、Eの段階でも、対話の基準に影響を与える。教師のみならず、当然生徒にも影響を与える。かりに思考コードとして見える化されていなくても、キャンパスという空間や栄光の場合だとフィリピンなどとの国際交流、そして東大や医学部の大学空間が、共通の意識として流れているから、対話思考が成立するのである。対話しながら、対話の基準をメタ認知を発動して軌道守勢する。

☆それが、知性や感性のマッチングができる進路につながる。マッチングするには共通の基準がなければならないが、それが、すべて暗黙知ではあるが、キャンパス、東大あるいは医学部、世界という学びの空間との対話によって形成される。

☆もちろん、東大や医学部の大学入試問題自体は、この対話思考の基準の一部で勝負できるから、東大依存型学校になろうとすれば、栄光の教育環境のように壮大である必要はない。

☆「東大・医学部の知の基準<学校の対話思考の共通基準」を当然だと考えているのが栄光だが、世間は広い、「東大・医学部の知の基準=学校の対話思考の共通基準」でよいじゃないか、それ以上は無駄であるという現実主義的考えもある。

☆意識して無駄だとは思っていないだろうが、予備校は、コストパフォーマンス上、「東大・医学部の知の基準=予備校の対話思考の共通基準」となる。制度設計において、これを法実証主義的発想とよぶ。栄光学園のような発想は自然法論的な発想。つまり≪私学の系譜≫。

☆翠嵐や日比谷は、文科省の法実証主義的な制度設計に規定されているから、当然「東大・医学部の知の基準=学校の対話思考の共通基準」とならざるを得ない。

先日4月18日、英語塾キャタル代表の三石郷史によるラジオ番組 《In The Dreaming Class》に登場した日比谷高校の武内校長先生の話を聞くとそれは明らかである。

☆もちろん、武内校長自身は、法実証主義者ではないだろう。しかし、法制度上やむを得ない。だから、限界ギリギリで、その境界線を超えようとする。その気概が感じられたことは強調しておきたい。

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