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なぜ「対話思考」ができる教師がいる学校が注目されるか。 (3)

☆前回、栄光の新校舎の話から、E段階の対話思考について語ったが、麻布を例にとると、微妙に栄光と違うことがわかる。それは、栄光の場合は、シラバスを見える化していないが、麻布は見える化しているという点である。ただ、微妙というのは、いわゆる渋谷教育学園のシラバスのような形式で見える化されているわけではないので、差異に気づきにくいという点だ。

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☆すでに「2018年中学入試のベクトル【16】 麻布の超体験授業」でも述べたが、麻布は各教科ごと思想がかなり親和性がある。それは、「麻布の丘」を読んでいただければわかる。それから「読書」という教養も他校に比べかなり力をいれている。

☆これらは、麻布生の個性を尊重しつつも、創設者江原素六の思想を尊重するという点で、各教科、いやどの教科も思想的な大きな枠組みは共有されている。

☆中1時代に、江原素六の墓がある沼津へ、全員で墓参にいくのは、ある意味それを象徴している。

☆栄光だって、カトリック学校で、しかもイエズス会が経営している。イエズス会士のフランシスコ・スアレスは、トミズムの流れをデカルトやカントなどに影響を与えたと言われるぐらい、ヨーロッパの知の巨星。

☆しかし、スアレスについて、栄光の教育において、語られているという情報は聞いたことがない。それに比べ、江原素六は、儒教とキリスト教倫理と近代兵法、民主主義的政治思想というように幅広い教養の持ち主。新渡戸稲造、内村鑑三にも影響を与えた≪私学の系譜≫第一世代。北海道の酪農の手法も江原素六が米国から持ち込んだものだといわれている。

☆だから、いわゆる、渋谷教育学園グループがつくったシラバスの真似をすることによって、項目配列表と化したシラバスとは似ても似つかない、思想そのものがシラバスとして機能しているのが麻布である。

☆そんなのはシラバスではないと思われる方もいるかもしれない。たしかにそれを契約書のように書かなければ、シラバスとは呼ばないかもしれない。

☆しかし、本来のシラバスと同じ機能という意味では、物象化されている多くの配列項目表としてのシラバスより、はるかに本来のシラバスだ。

☆どこまで考えるのか、どこまで書くのか、どんな本を読むのか、評価の視点は何かまで、教師と生徒のE´段階ではあるが、対話思考によって、共有されているのだ。これについては、苅谷剛彦氏の「グローバル化時代の大学論1 - アメリカの大学・ニッポンの大学 - TA、シラバス、授業評価」 (中公新書ラクレ) で言及されているシラバスの作り方が参考になろう。

☆それから、決定的なのは定期テスト。形式は麻布の中学入試問題そのもの。まさに入試問題は学校の顔なのだが、記述・論述問題が多い。重要なのは、その解答解説がきちんと配布されるということだ。その際、記述・論述の採点基準が明快に見える化されている。これは、もうシラバスそのものである。

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☆学びの空間の1つであるキャンパスも、かつての大名庭園の集積地に建っていて、その面影がを生かしている。そして、このキャンパスの中で図書館はどこよりも探究活動の場である。

☆栄光同様、「東大・医学部の知の基準<学校の対話思考の共通基準」でもある。魅力的な学校だし、相変わらず人気も絶大なわけは、こういうところにあるだろう。

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