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2018年中学入試のベクトル【25】 立教女学院 突出した女子校

☆今年も立教女学院のARE学習の集大成である「卒業論文」を送っていただいた。ARE学習とは、自らテーマを求め(Ask)、調べ(Research)、言語化して発表する(Express)同校の独自の中高一貫通しての壮大なプログラムである。

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☆学びのスキル、思考のスキルなど世界標準のものばかりがラインナップされているプログラム。そして究極なのは、同校生徒の問題意識の高さと深さ。今年もすごいのがあった。

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☆このテーマは、特に男女区別なく扱えるのだが、その問題意識は、突出した女子校でなければならない深さがある。おそらく男子校では、少し臆してしまうことが予想されるし、共学校でも男子の目を意識すれば難しいかもしれない。

☆近代社会においても女性や子どもの問題は今も改善されていない。その本質を見抜く見識と回避せずに忍耐強く接近する情熱には、それらの問題を真正面から向かい合ってこなかったこちらをハッとさせる。

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☆この分野の同校の生徒が気づいた問題性は、inter-disciplinaryとして学際的な次元から、MITメディアラボの所長伊藤穣一氏が提唱する「Anti-disciplinary(アンチ専門分野主義)」という新しい概念とシンクロする。

☆今までの学際性というのは、あくまで異分野専門家の間での話だが、アンチ専門分野主義は、学問の対象として無関心だった領域にも光をあてる言論と活動なのである。

☆デュシャンの「泉」という作品のメッセージが、学問レベルにまで、ようやく浸透してきたのである。そういう意味では「探究」活動をどこの学校でも行っているが、果たして世界の痛みをどれだけキャッチし、探究を深めているかどうかは本当のところわからない。

☆たんなる調べ学習から専門的な学習には移行しているだろうが、それが学際的な探究になり、さらにアンチ専門分野主義にまで到達しているかどうかの差異まではなかなか認識しにくい。STEAM教育とは、まさにアンチ専門分野主義なのであるが、そこまできちんととらえきれている学校は数校しか知らない。

☆そんな細かい事はマーケティング的にはまったく効果も利益もあがらないと高らかに叫ぶ偉い人を何人も見てきたが、それを放言した人はそのときが頂点であった。

☆そんな質にかだわらない市場は自由の保障を最適化する場ではないということに気付いていない。市場のプレイヤーは、自由の保障を最適化するために質の競争にこだわらなければならない。悪貨は良貨を駆逐するような市場は、市場ではないと闘う必要がある。

☆≪官学の系譜≫の大元であるサヴィニーと対決したイェーリングをルーツとする≪私学の系譜≫の息吹が立教女学院には今も健在だ。

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