« 「グローバル高大接続準備教育」の条件 | トップページ | 2018年中学入試のベクトル【31】 広がる21世紀型教育 もっと学習者中心主義を!という流れ »

2018年中学入試のベクトル【30】 フェリスの思考力型問題

☆今春のフェリス女学院の国語の入試問題は、全体としては例年と変化がないし、10年くらいのスパンで振り返ってみても、ほとんど変化がないといえるかもしれない。

Photo

☆しかしながら、物語の続きを180字以内で創作する問題を出題したり、900字ほどの哲学エッセイを読んで、要約型問題のバリエーションの記述問題をさせたり、置き換えスキルを活用して文の推論をさせるあたりは、ずいぶん思考力型問題を盛り込んだのではないか。

☆そして、900字とはいえ、野矢茂樹氏の哲学エッセイを素材にするあたり、思考力入試重視の中学入試市場のニーズをしっかり汲み取っていると了解できないわけではない。

☆それにしても、「考える」とはせっかちに回答を出すプロセスをたどることではなく、問いという角度からじっと世の中を見つめ、耳を澄まし、あるときようやく新しい何かが降りてくるのを「待つ」行為だという分析哲学者の野矢茂樹氏のエッセイを活用するとは、メッセージ性が高い。

☆せっかちに考えるプロセスをたどる思考ではなく、新しい何かに思い当たる思考というのは、まさに創造的思考だが、そこに「ゆっくり」とか「ゆったり」とかいう時間の条件を盛り込むあたり、フェリスの価値観を感じないわけにいかない。

☆それは、「時間泥棒」を嫌う「モモ」の価値観に等しいかもしれない。しかしながら、ミヒャエル・エンデにはその先がある。新しい政治経済社会を思追い描くという創造的問題解決の志向性があるのだ。

☆それは、ミャエル・エンデが論理実証主義や分析哲学者ではないからだ。分析哲学者のように、現在の情報社会、知識基盤社会は、あまりに目まぐるしく、考えさせない環境だと説明しているだけでは何も変わらない。

☆フェリス女学院は、分析哲学的に世を観想するだけか、ミヒャエル・エンデのように社会を変える創造的思考を生み出すのか?どちらだろう。

☆教養主義的思考型学校で終わるのか、創造的思考型学校として世界を変える生徒の勇気を応援するのか。後者であってほしいと願うのは私ばかりではあるまい。

|

« 「グローバル高大接続準備教育」の条件 | トップページ | 2018年中学入試のベクトル【31】 広がる21世紀型教育 もっと学習者中心主義を!という流れ »

中学入試」カテゴリの記事