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「グローバル高大接続準備教育」の使命~2020年大学入試改革のかなたに

☆昨夜BS1スペシャル「欲望の民主主義~世界の景色がかわるとき」の再放送を見た。最後の30分だけしか見られなかったのは残念だったが、ビジョンは見えたような気がした。そのあと、立て続けにBS1スペシャル「エマニュエル・トッドが語るトランプショック~揺れる米中関係~」も見た。両番組は、やはり1997年以降のミヒャエル・エンデのインタビューから流れている通奏低音があった。

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☆長編ドキュメンタリーをざっくりまとめると、民主主義の負の部分と資本主義の負の部分が重なり合って負の力を増幅している現状を語っている。それを欲望の民主主義と欲望の資本主義と表現しているのだと思う。

☆そして、その増幅を幾何級数的に加速させたのはグローバリゼーションだと。それゆえ、トランプ・ショックなのだと。しかしながら、このトランプ・ショックは、反グローバリゼーションとは限らないのではないかとエマニュアル・トッドは語る。Img466
☆自分は楽観主義だからトランプ政権の保護主義は、20世紀が保護主義から自由貿易主義にシフトした時代の流れを逆行するものではなく、協調的保護主義という着地点があるのではないかと。

☆ガブリエル・マルクスは、ホッブス的に民主主義を理解していると、それはテロや戦争の正当化論に加担する危うさがあると。自然状態は戦争状態ではなく、戦争状態を作りだすのは社会システムなのだと。話をすり換えてはいけないのだと。

☆ということは、社会システムの景色を変えることが重要で、それは感情の民主主義から冷静な民主主義にシフトすることだと。しかし、その感情と冷静の選択基準は何か?それは残念ながら世界の内には現れないのであるが、だからといってないのではない。「ある」のだ。このことを、現れないから「ない」とみなす感情が、実は現れないことへの恐怖を抑圧するシステムの根源になるというのだろう。

☆エマニュエル・トッドも、保護主義のパラドックスを解決するシステムに期待するという。それは、各国が産業の役割分担をするのではなく、互いに自国で産業を興し、そのうえで国どうしがきちんと交渉して公平な市場をつくるのだということのようだが、そのとき、どうしても知の質の競争がおこり、たとえば、中国やインドのように優秀な人材が米国に流入し、戻ってこないということがあると、結局は元の木阿弥だから、留学後自国に貢献できるようなシステムを創る必要があるのだと。

☆しかし、それは抑圧的に行うのであっては、本末転倒である。ではどうするのか。答えはまだ誰も持っていないのだと。

☆この両番組や以前の欲望の資本主義の番組を通して、世界で反グローバリゼーションが起きているというよりは、「グローバル」という意味をようやく本格的に議論するときがきたということだろう。

☆物理的なひと・もの・かね・情報の大量移動が20世紀の欲望資本主義の延長上にあるだけでは、より格差を拡大するだけなのは、実は誰もが想定していたことだ。

☆21世紀のグローバル社会は、理性の道徳的制御によるのでは得策ではない。これが行き過ぎた結果、理性よりも感性であるという感情民主主義や欲望資本主義が闊歩するようになったからだ。

☆むしろ、理性が公正に発動することが肝要なのだ。では、その公正はどこからくるのか、それはアートとしての判断力による。第四次産業革命によってAI社会が到来しているが、AI社会は論理的システムであるから、それを超える理性を、アートによる判断力でマネジメントしていくのだと。

☆これによって、公平な市場を保守するグローバルな経済社会が広がり、その公正な判断力を議論によって最適化するのが21世紀の民主主義社会。景色が変わるとは、知の景色が変わる世界の到来ということを示唆しているのではないか。

☆結局、man for othersの理性の陶冶と共有が必要なのであるが、グローバル社会のシステムは1人で理解できるものではないし、実はその全貌は顕れないというのがドイツの若き哲学者ガブリエル・マルクスの思想。

☆あくなき対話が必要なのはそれゆえである。クリティカルシンキングとSTEAM教育がグローバル市民の対話知の基礎となる。そうなれば、彼らは欲望資本主義のファーストクラスとは全く違う次元に位置するクリエイティブクラスとして役割を果たすことができるようになるだろう。

☆結局、この基礎であるアートとしての判断力にマネジメントされる理性を学ぶ場は、1つの高校や1つの大学ではあまりにも力不足。それだけでは再び偏狭に陥るだろう。そこで、多様な接続を生み出す「グローバル高大接続準備教育」が求められる。その場こそが、アートとしての判断力によって理性を有効に活用するクリエイティブクラスを生み出す。これが「グローバル高大接続準備教育」が新しいグローバル社会で求められている使命なのである。

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