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新しい学校選択 「教育の過程の質」第4の波<2>

☆第1の波の時代に登場したのが、渋谷教育学園幕張、本郷、高輪である。この中で、「東大早慶上智MARCH」路線に明確に変更を標榜したのは、本郷であり、今もその路線は変わりない。芸大も毎年コンスタントに進学していた本郷だが、その路線を絶つことをキッパリと決断していた。

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(画像は同校サイトから)

☆渋谷教育学園幕張は、麻布的自由から渋幕的自由へとか、自調自考など、麻布、武蔵の文化遺伝子組み換えを行っていたから、「東大早慶上智MARCH」だけでは進めなかった。国際理解教育も前面に押し出し、たんなる進学校ではないことをアピールしていた。

☆高輪も、本郷路線はとらずに、教養をなんとか前面に出したかったが、市場の反応は、第3の波までまたなければならなかった。

☆しかしながら、1995年という、強欲資本主義にダメージを与える出来事が次々とおこあった。阪神・淡路大地震、地下鉄サリン事件、ウィンドウズ95の登場・・・など、影と光の交錯が社会を覆い、新しい時代の希求が強烈に意識されるようになった。

☆すでに1989年にベルリンの壁は崩壊し、グローバリゼーションの波が起こっていたから、その波も重なって、国際理解教育の重要性は国を挙げてアピールもされていた。

☆そんな時代だったせいか、1995年のベストセラーは、「ソフィーの世界」だった。バブルもとっくにはじけていたから、冷戦の終焉のみならず、そもそも冷戦を演出してきた強欲資本主義の影をNHKをはじめ世間も広く認識し始めたのもこの時期だったのだ。

☆したがって、「東大早慶上智MARCH」の指標は弱まることなく、さらに強まったが、一方で学校選択の指標の多様性は何かその模索が積極的に始まったのもこの時期であり、第2の波が発生したのである。

☆この波に順風満帆に乗ったのが、1995年に開校した渋谷教育学園渋谷とすでに軌道に乗り始めていた渋谷教育学園幕張であった。そして、女子校では洗足学園と鴎友学園女子の高偏差値領域への上昇である。

☆1998年、1999年の拓銀を始めとする大企業の倒産にまで及んだデフレの大進行は、それまでの年功序列制度にダメージを与え、カルロス・ゴーンを招きよせ、大企業における英語の社内公用化も始まった。もちろん、IT革命の影響も相当なものであるのは言うまでもない。

☆これによって、国際理解教育と東大早慶上智MARCHの二兎を追う第2の波はますます勢いを得たのである。

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