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石川一郎先生仕掛ける!社会が変われば、リクルートは社会改革ビジネス市場を創出できる!リクルートが変われば、新市場を創出、いや予測不能な破壊的創造が起こる。

☆リクルートホールディングスのサイトに、「【前編】新しい教育は社会に何をもたらすか? 21世紀型教育機構・石川一郎×山口文洋」という記事が掲載。文章になっていないところが、なかなかスリリングなセッションになっている。それゆえ、そこを妄想してみよう\(^ ^)/。
 
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☆石川一郎先生は、今アクティブラーニングという言葉を、21世紀型教育機構の顔で出るとき、いつもは使わないが、ここでは、わかりやすさを重視してアクティブラーニングを活用している。
 
☆なわけはない。石川先生が使う場合、ミネルバ大学の「アクティブラーニング・フォーム」を意識しているのだ。
 
☆スタディサプリの広がりはすさまじい。そこをミネルバ大学のようなアプリケーションにしていけば、あっという間に日本の社会は変わる。
 
☆教師は、学校で、ソクラテスさながら、アインシュタインさながら、マルクス・ガブリエルさながら、デュシャンさながら、対話思考や芸術活動を、つまりリベラルアーツを展開する授業ができる。
 
☆そうするには、教師は学問をし、芸術を生み出し、データサイエンティストさながら働き方を変える。
 
☆リクルートは、21世紀型教育機構の顔としての石川先生を担ぎ出して、教育改革ビジネスという市場を増殖したいのか、リクルート自身の働き方改革をして、社会を変えたいのかどちらかなのか、どちらでもないのかは、石川先生にとってはどうでもよい。
 
☆ただ、その働き方改革が効率性や生産性をあげることばかりになると、当然時間泥棒資本主義に教育も教師も飲み込まれる。
 
☆石川先生はそうならないように、創造的資本主義が生まれるように仕掛けているはずだ。小中高大全部が変わるとあるが、それにはたしかに教師の働き方が変わらなければならないが、労働としての働き方なのか?仕事としての働き方なのか?活動としての働き方なのか?神に召喚された天職としての働き方なのか?
 
☆ワークライフバランスを量から質に転換するとは、「教師が想定する知識と思考の枠組み」から「教師も生徒も想定していたものをぶち破る創造的思考」へ転換することを意味するのだろう。
 
☆ハンナ・アーレントが語る「労働」「仕事」「活動」という人間の条件の関係バランスを転換するということを意味するのだろう。職業としての教師か、天職としての教師か、マックス・ウェーバーの論点を乗り越えるということを意味するのだろう。
☆スタディサプリに教師が協力すれば、新しい市場が生まれる。買取ではなく、YouTuberさながらのペイが発生する。
 
☆教師は豊かになる。国は税金を徴収できる。学校は、もはや、従来の学校である必要はない。ミネルバ大学さながらだ。教育格差は、リクルートがスタディサプリによる利益で教師と協力して、ベーシックインカムファンドを創って解消すればよい。
 
☆リクルート自身が創造的資本主義の牽引をする。これが自己変容型組織としてあるべき姿。石川先生は仕掛けている。もし、強欲資本主義に加担するようなことがあれば、≪私学の系譜≫としては、真逆のことを行うので、21世紀型教育機構と葛藤を生むことになる。
 
☆しかし、そんなことを恐れていては、社会は変わらない。21世紀型教育機構にももっともっと突出するように自己変容を促している。コミュニティとは常にこういう葛藤が沸騰しているものだ。それを、外から見ていて、安定していないとか愚かしいことを言うのも世の常であり、大衆社会を絵にかいたような反応。
 
☆「思考コード」も発案者に断りもなく、活用を促せば、面倒なことになる。当然、著作権社会だから、権利の闘争になる。しかし、そのぐらいにならなければダメだ。それゆえ、石川先生は、ファースト・ペンギンなのだ。
 
☆そうしなければ、思考論的転回は生まれない。思考とは「枠を超える」ことを意味するが、知識がまず大事で、それから思考だというような思考は、しょせん予定調和の知識の集積に過ぎない。論理的思考ですらない。
 
☆そんなことで、予測不能な時代をサバイブできるわけがない。主体的に問題解決をするとは、別に枠内という安心安全地帯で正解のある問題に取り組むことを言うのではない。そんなのは主体的だというフリをしているだけだ。
 
☆主体的とは「枠を超える」挑戦をするということだ。それには、多様性と協働性が欠かせない。スタディサプリが、その意味の主体性を展開できる学びのシステムを造るのは、簡単なことだ。
 
☆石川先生は、リクルートをはじめベネッセや多くの学校、教師と対話をしている。ケインズのジレンマ、ウィリアム・モリスのジレンマ、モモのジレンマ、ゲゼルのジレンマ、エドワード・ベラミーのジレンマ、アーレントのジレンマ、マックス・ウェーバーのジレンマ・・・いまだ先人たちが取り組んで解決していない多様なジレンマを、芥川龍之介が社会主義と資本主義のどちらにも与できなかったあのジレンマを、主体的に問題解決する創造的思考力やアートのセンスを身につけられる教育改革・授業改革を布教している。
 
☆えっ、そんな難しいことを考えなくてはならないの?世界のリベラルアーツではあまりに当たり前の定番の問題意識で、これを難しいと言っている段階で、ポピュリズムと大量消費社会、大量移動社会という20世紀強欲資本主義の枠内に閉じ込められている。
 
☆したがって、今回もまた石川先生は、企業に対し、ポピュリズムと大量消費社会を変容する組織たれとインダイレクトに巧みに仕掛けている。
 
☆アテナイの夢実現。しかし、かつてそれは奴隷によって成り立っていた。今度は、AIが人間の条件の「労働」「仕事」を請け負い、「表現活動」を収入を気にせずに、思い切って行える社会変容。まさに「思考論的転回の実現へ、石川先生は導こうとされている。
 
☆God is in the details.今まで「授業」は市場経済で前面にでてはこなかった。神聖な領域である。そこで市場経済がおこなわれるわけがないと。だから、気づかないうちにそっと教育産業が、教材やアプリ、学習道具を販売してきた。
 
☆教師はそれに気づかないまま、その営業マンとして働かされてきた。石川先生やリクルートはそこをはっきりさせる役割を今回果たそうとしている。
 
☆教育産業は、生徒一人一人に売らなくても、学校あるいは自治体が購入してくれる。ここに市場経済は形成されている。しかし、そこが図ではなく地であったから、聖域としてタブーの領域としてされてきた。
 
☆実際には、しっかりそこでは経済の対流があったわけである。しかし、見えないから、公正で信頼性ある市場経済が成り立っていない。それゆえ、働き方が問題になるような空間になっている。
 
☆そこを変えようというのだから、石川一郎先生やリクルートは21世紀型社会の扉を本当に開けようとしているのだ。誤解をおそれずに言うと、授業をめぐる経済は今までは社会主義的基盤だったのだ。
 
☆そこに凛としてかつ愉快に立ち臨んでいるのが石川一郎先生であり、リクルートである。そして、そのアイテムは?「新アクティブラーニングサプリ」ということだろう\(^ ^)/。

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