« 工学院 ますます進化 グローバル高大接続準備教育×グローバルイマージョンズ | トップページ | 新学習指導要領でブルームのタキソノミーをつかわないわけ? »

内臓システムの改革

☆改革が生まれている組織は、お盆休みはないようだ。様々なメールが届く。共通点を簡単にまとめると、2歩前進したと思ったら3歩後退してしまうという問題の解決をどうするか。この現象は、改革の常であるし、改革後もなかなかなくならない。しかし、その原因のほとんどは、不安の存在から人間が抜けきれないことにあるように思えてならない。
 
Mailgoo
 
☆ロバート・キーガンとリサ・ラスコウ・レイヒーによる上記写真の書も、3つの企業の人材の発達志向型組織の作り方についてまとめているが、どの組織も不安の存在としての人間から抜け出るという意味で、発達志向型であることが了解できる。
 
☆不安は、自分の意味や価値への不安であることが多い。自分の存在意義は何か?キーガンによると、おそらくその意義を認識する知性の発達によって、不安のレベルも変わる。
☆キーガンは、知性の発達を「環境順応型知性」→「自己主導型知性」→「自己変容型知性」という3段階で考えている。
 
☆なんと「知識・技能」→「応用・論理」→「批判・創造」に対応するのである。キーガンのリサーチは、20歳以上の大人の知性の発達だというのに、初等中等教育段階の知性の発達段階に重なってしまう。。。
 
☆さて、1970年代ころまで、知性の発達は、当時の脳科学においても、20歳で止まってしまうという考え方があった。
 
☆初等中等教育と大学2年までの間にリベラルアーツをしっかりやって、「批判的・創造的思考力」を身につけ、「自己変容型知性」を身につけておかなければ、20歳以上は、発達しない。それゆえ、「知識・技能」レベルで育った20歳は、その後の人生は「環境順応型知性」で仕事が得られる職場に従属すると。
☆それゆえ、発達段階は、格差社会を生む原因にならざるを得なかったわけだし、学歴社会が機能する根拠でもあった。
 
 
☆しかし、ギーガンは、数々の研究で、大人になってからでも知性の発達はあるのだと。これは、ある意味、格差社会を解決する一つの手法である。そして、それが不安を解消し、次への希望を生むモチベーションになる。
 
☆学校の改革の話に戻ろう。現状の改革で、改革のメンバー、つまり教師がなぜ不安に思うかは、根源的には、改革しなければ生徒獲得がうまくいかず、生きていく糧を失うかもしれないという生理的欲求が満たされなくなる不安である。エッ!そのような生存の不安は、動物共通の不安であり、それゆえたしかに生存欲求が生まれるわけだが、学校たるものそこではないだろうと思われるかもしれない。
 
☆実は、そこが、隠されているから、改革が前進しないのだ。危機感というのは、ここをおいてほかにないはずである。何人たりとも犠牲にできないという危機感。これがあるから、戦争も回避しようという意欲がわいてくる。戦争が起こるとき、この危機感が実はリーダー自身にない。自分は大丈夫だというどこか危機感がリアルでないとき、起こってしまう。
 
☆とにかく、学校でもそうなのだ。これが公立学校と私立学校の危機感の大きな違いである。公立学校は、大人は環境順応型知性を強いられる。しかし、それを受け入れている限りは、危機感は遠のく。承認欲求という、不安の解消の転移が起こる。ここにルサンチマンが増大する。
 
☆同じことは、この生存の危機感のない私立学校の場合、やはり起こる。環境順応型知性で一生懸命頑張っていれば給料はでると信じている。もし、自己主導型知性にステージを変えようとするならば、経営陣からにらまれ、自分の地位がまずくなるのではないかという幻想が防衛機制を作動させてしまう。
 
☆改革を成功させるには、少なくても自己主導型知性にならなくてはならない。これでも本当は足りない。みな一斉に自己変容型知性のステージに飛ばなくてはならない。飛ぼうとしなくてはならない。
 
☆しかし、多くの失敗事例の共通点は、理事会が環境順応型知性でよいと思っているというか、そこに疑問を持たないケース。現場で、自己変容型知性に変わろうとしても、その過程で、理事会の顔色を見て、当座自分のポジショニングを確保できればそれでよいという防衛機制は当然働いてしまう。
 
☆それで、2歩進んで3歩下がるということになるが、実はもう一つ理事会が変わろうと決断しているにもかかわらず、現場が動かないということもある。
 
☆そこでは、理事会が変わろうとしているのか猜疑心を持つという不安の転移が現場で起きている。その場合、幻想を払しょくする問題解決方法はいっぱいある。あまり心配はいらない。
 
☆それにしても、大人が、つまりここでは教師が、「環境順応型知性」のままだと、そのような学校では、生徒が「知識・技能」を突破して、「応用・論理」「批判・創造」の次元で思考力を身に着けることは不可能だろう。
 
 
☆教師自らが、生徒が批判的創造的思考を身に着けることを抑圧しにかかるからだ。大人の子供の才能の芽を摘む事態は、20世紀社会、20世紀型教育では当然の因習だった。
 
☆「環境順応型知性」のままだと格差社会がなくならない。つまり、人間の根源的な生存欲求が満たされない根源的不安は払しょくされない。グローバルゴールズを掲げるか掲げないか。掲げるならば、批判的・創造的思考力を育成するカリキュラムやPBL型授業が必須である。
 
☆逆に言えば、「知識・技能」が優先だという学校は、グローバルゴールズに無関心か、掲げていてもフェイクである。
 
☆結局、理事会が「自己変容型知性」を持っている学校を選択することが生徒・保護者には肝要なことなのだ。
 
☆説明会で、校長の話を短くしようという流れができているが、そんな学校は、問題があるのだ。だからといって、長ければよいというものでもない。校長は大抵の場合、理事である。理事会に属している。
 
☆したがって、理事会の志について、きちんと話をしているかどうかをチェックすればよいのだ。
 
☆そのような校長の話のあと、矛盾のある説明をする教師がいたとしたら、その学校はアウトである。その逆は?つまり理事会=校長が、「環境順応型知性」の持ち主で、教師が「自己変容型知性」だとしたら?やはりアウトである。
 
☆理事会=校長=教師=自己変容型知性の持ち主=批判的・創造的思考力の持ち主である学校を選択されたし。
 
☆極端すぎないか?危機感を煽りすぎではないか?そう思う方は「環境順応型知性」の段階にとどまることを決めている方。私事の自己決定だから、しかたがないが、あなたが、相互自由を求めるというのであれば、その次元ではそれは不可能であるということも自覚あれ。読書としての哲学は役に立たないということなのだ。

|

« 工学院 ますます進化 グローバル高大接続準備教育×グローバルイマージョンズ | トップページ | 新学習指導要領でブルームのタキソノミーをつかわないわけ? »

21世紀型教育」カテゴリの記事