学校選択の目【2】学校改革が動き出すとき。
☆結局、自分たちの浅はかな正義感で、現状のここがだめだ、こういうものの見方や考え方がないからダメなのだと言い合っていただけだ。それでは、何も変わらない。改革の渦をつくるためには、まずは自分自身が変容しなければと。
☆そして、動き出した。仲間や理事会という横の線と縦の線を説得。しかし、それはわかっていると一蹴された。もう君の話は聞かなくてよい。それより生徒集めのために塾を回れと。
☆しかし、そもそも学校が変わらないから、塾に行っても、要するに今までのままなのですねと、やはり一蹴される日々だった。
☆そんなとき、21世紀型教育機構が、なんてったて授業改革!生徒との未来をいまここで共有しよう。共感共鳴共振しようと動き出しているのを耳にした。セミナーにいった。わけのわけらない文言がいっぱいでていた。最初は、驚きというより、これは学校かと思った。
☆そのとき、俺も経営陣や塾と同じだ。わからないものや偏差値の低い学校(あとで大変失礼な思い違いでしたと)のやることなんてと一蹴している自分がいることに気づいた。
☆再び自己変容型知性が動き出した。授業を変えてみよう。そして、おsるおそる、21世紀型教育機構の事務局の本間というわけのわからない男が書いているホンマノオトを読んでみようと。なんだなんだヒントがあるじゃないか!
☆NVCってなんだ?アマゾンをポチッた。まるほど、自分のことではないか。学習する組織ってなんだ?どうせ学びの共同体だろう。でもアマゾンをポチった。すると、そんなものではなかった。自分たちが動いている組織はまさにダメだということがわかった。そして、なるほど三本の柱よりも三本の椅子の足と認識したほうが、クリエイティブテンションが持続すると気づいた。
☆なんだ弱い者が強いって?キーガンの本をやはりポチった。そして読んでいるだけではなく、授業を実際に変えてみた。構造が見えてくる。そして、授業の構造としての学習する組織は、改革組織のプロトタイプだということにも気づいた。
(工学院のSGTチーム。やはり自己変容型知性の塊)
☆自己変容を突き走った。少し息切れして、立ち止まってまわりを見た。なんと同じようにそこに、はあはあいいながら、笑顔でいっしょに走っている仲間がたくさんいた。
☆今の気持ちを今度は理事会にぶつけてみよう。あっさりと、それでいこうと。
☆実は理事長こそ自己変容型知性の持ち主で、理事長の言う通り一生懸命やっていますと環境順応型知性をぶつけても、はねつけられてきただけだったのだ。私はこう思いますと持論を展開する自己主導型知性も同様だったのだ。
☆しかし、自己変容型知性の仲間が増えたとき、理事長もその仲間だったということに気づいた。この学校の改革はまだスタートしたばかりだ。多くの苦難が待ち受けている。しかし、心が折れそうになるときも多いだろう。そんなときそんな自分の弱さをさらけだすことのできる仲間がいたら、七転び八起きは可能だろう。
☆私は傍観していることしかできないし、こうやってホンマノオトでエールを送ることしかできないし、聖学院や工学院のように、自己変容型知性のSGT(スーパーグローバルティーチャー)の活躍を知らせることしかできないが、このような自己変容型知性の塊を共有したい。弱さを知って強みに転換できる仲間がいる学校の改革は、必ず成功するだろう。そう信じている。
☆その学校は、唯一無二の突出した学校の姿を描くという。それがなんであるかは、私は知らない。しかし、いずれリリースされる時が来よう。楽しみにしている。
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