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授業リサーチ 行動か構造か

☆多くの先生方が「主体的・対話的で深い学び」や「アクティブラーニング」、「カリキュラムマネジメンント」の講演会やワークショップに参加している。しかし、澤井陽介氏が≪授業の見方―「主体的・対話的で深い学び」の授業改善 東洋館出版社 (2017/7/1)≫で語っているように、互いに授業を見たほうが有益である。
 
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☆しかし、なかなかできない。たくさん授業を持っているから、仲間の授業を見る機会はどうしても難しい。それで、聖学院や工学院、アサンプションで行っている7分間授業のプレゼン×スクライビング×思考コードあるいはメタルーブリックとの対照×思考スキルの議論などの授業リサーチが現実的だ。
 
☆ところが、思考コードやメタルーブリックがない場合、実際には授業の見方そのものが絵に描いた餅だ。
 
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(聖学院の学びの研究会は、7分間で授業を再現したものを、スクライビングして、メタルーブリックで検証していく。その過程で多くの発見がある。)
 
☆本書は、このことに気づいているのだろうが、思考コードやメタルーブリックの考え方はあえて避けているから、いいところまで考えられているのだけれど、結局生徒の考えているだろう行動を引き出す問いや教師の対応を「見る」というところで終わってしまう。どうしても思考スキルや思考の構造を問うところにいきつかない。
 
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(聖学院の児浦先生の優れたリーダーシップが、理想的な授業研究を先生方とシェアし続ける展開に発展している。)
 
☆だから、主体的になる行動を引き出すために、どんな素材を用意し、それを理解する問いを投げかけるか、コンテンツベースになりがち。この危険性は、コンテンツがよければ、生徒は主体的になり、対話も盛り上がるということにすり替えられてしまう危険性をはらんでいる。もちろん、コンテンツは大切だが、コンテンツとスキルのバランスが大事なのだ。
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☆20世紀型教育は、暗記中心型だったから、21世紀は考えることをベースにした授業を展開しようというのだが、実はコンテンツベースである限り、教師と生徒の対話のかかわりは変わらない。一方通行型授業であろうと双方向型授業であっても、形だけの違いだ。
 
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☆というのも、考えているだろうと予測できる行動を引き出しているだけで、「思考の構造=思考コード(メタルーブリック)×思考スキル」が生徒の内面であるいは脳で組み立てられているかどうかを見る問いが投げられているわけではないから、記憶を引き出す再現という「行為」と考えているだろう「行為」という反応を引き出す問いを投げているだけで終わる。だから、生徒の内面でどんな思考の構造が形成されているのかはブラックボックスのままなのである。
 
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☆このままだと、カリキュラムマネジメントは、生徒の思考構造のシステムを形成するためのものであるはずが、いつのまにかコンテンツをこなす学びの作業コントロールで終わってしまうことになる。
 
☆しかしながら、思考の構造にまで届く問いは、生徒の反応によって生じるから、あらかじめつくることができない。だからこそ、実はリアルな授業見学よりも、授業再現を通して、ああでもないこうでもないと授業を進化させるための、つまり思考の構造を組み立てるスキルをどう育成していくのかという話し合いが効果的であり、このようなワークショップをカリキュラムマネジメントの中に埋め込むことが重要になってくる。

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