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2019年中学入試の新フレーム(20) 豊島岡女子の理科と社会の問題のすばらしさ

☆全国で中学入試報告会が行われているが、2018年は、新タイプ入試が激増したという認識は一致している。しかし、その評価は、真っ二つに分かれる。保守的論者からは、「よくわからない入試」とレッテル貼りされ、ネガティブな評価が下されている。革新論者からは、「生徒1人ひとりの才能を引き出す未来を創る入試」であるとポジティブに評価されている。
 
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☆しかしながら、保守的論者は、新タイプ入試問題をきちんとみていないで、テレビや情報誌が紹介する問題の一部をみて、困惑し、ドン引きしているだけだ。レゴを使ったり、ICTを使ったり、自己アピールまでしている一部のシーンをメディアでみて、なんて新奇をてらった子供に迎合した問題を出すのだけしからんと思っているのだろう。
 
☆では、彼らが、今年の豊島岡女子の理科の力学の問題を見たらどう思うのだろうか?すばらしい問題だ。基礎知識をきちんと問う問題だ。これぞ入試問題だ。さすがだと思うだろう。
 
☆実は、革新論者が見ても、すばらしい問題だ。さすがだと思うのだ。ただし、基礎知識をきちんと問う問題だからすばらしいというのではなく、この問題がアリストテレスやデカルト、ライプニッツ、アインシュタイン、量子力学、エントロピーなどが示唆する科学哲学への入り口になる問題だからすばらしいと捉えるのである。
 
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☆しかも、直線運動から円運動に応用するステップが踏まれている。テストなのだけれど、知識・理解・応用という思考のレベルの段階を徐々にあげる形式になっているから、豊島岡女子の普段の授業が、丁寧な深い学びになっていることが、入試問題は学校の顔であるから、推察できる。なるほど、哲学授業を導入しているということはこういうことなのであろう。
 
☆そして、革新論者は、このテストをアレンジして、思考力入試にしたくなる。まず、直線運動のところは、あらかじめ、現象として、すべて初めに解答を教えてしまうだろう。そして、一つひとつなぜそうなったのか理由を考察させる。そのうえで、ここまでで、物質とエネルギーの関係を一般化(抽象化)する問いを投げるだろう。
 
☆これは、自由な発想で理由を考察させながら、一般化するという合理的な作業によって、現象の背景にある論理的存在を物語る科学哲学的な手法であり、「よくわからない入試」では全くない。これぞ基礎学力なのである。
 
☆さらに、円運動になった場合、直線運動と何が違うのか比較する問題として、この豊島岡女子の問いのステップは極めて重要である。しかし、同時に、この3つの段階を生徒に考えさせてもよい。
 
☆どの時点で、ハサミを入れていくと、その比較ができるのかと。その上で、物質と運動の関係について気づいたことを書かせる。おそらく子どもたちは、科学の歴史の中で、多くの哲学者や科学者が考えたような気づきに至るだろう。
 
☆つまり、アリストテレスやデカルトのように考える生徒もいるだろう。現在という時点で、正解はあるが、そこに至るまでの科学史的な発想も捨てがたい。科学史における発達段階は、思考過程の段階に相当する。おそらく個体発生は系統発生を繰り返すから、まずは、どの段階にその生徒がいるのか判断して、その生徒の成長の可能性をみて、エンパワメント評価すればよいだけだ。
 
☆つまり、保守論者は、サマティブアセスメントという世界の中だけで判断している。現在の学習理論では、それだけでは評価として不足であり、やはりエンパワーメント評価のようなフォーマティブアセスメントという尺度も併用しようという動きにも目を向ける必要がある。
 
☆こういうキラキラカタカナ語を使うと、忌み嫌われるのだが、海外大学だとかグローバルだとか保守論者も言っているのだから、世界の学習理論について、ググってみればよいのではないか。
☆よくわからないと、自分がわからないことを責任転嫁しているようでは、自己変容型知性が必要なこれからにあって、反面教師としての役割を果たすという意味では、社会貢献しているのだが、子どもたちの才能の芽を摘むような危険な言動であることは、やはり問題だろう。
 
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☆さて、豊島岡女子の今年の社会の問題もすばらしい。トランプ大統領の分断政策について問うている。一見、よくある時事問題だと保守論者は思うかもしれない。そこが、20世紀型教育なのだ。生徒を見ていない。
 
☆豊島岡女子の受験生は、理科も社会も解くのである。同じ頭脳で解くから、上記の理科の問題も社会の問題も、和は一定であるというお一般化ができる思考力を持っていれば、この社会の問題も生徒は難なく解けるわけだ。社会科固有の問題として考えるだけではなく、教科横断的に考えているから解けるということもあるのである。
 
☆思考力入試は、この教科固有の問題だと思われている問題を総合的に一般化して(抽象化して)考える力があるかどうか、その可能性を評価する問題である。
 
☆入試における合否の採点は、サマティブアセスメントでなければならないと誰が決めたのだろうか。保守論者が大好きな国際バカロレアのプログラムやテストも、サマティブとフォーマティブを統合している。しかし、彼らは、それはよくわからない学びやテストと評価するだろうか。
 
☆要するに保守論者は、低偏差値であることをバカにして喜んでいる権威者にすぎず、子どもの未来を愚弄する役割を演じまくっているのだ。それでよいはずがないのである。
 
☆もっとも、市場はそのような勢力のシェアを大きくすると、機能が停止するから、自浄作用が起こるだろう。すでに、凍てついていた中学入試が、ここ数年溶け始めてきているのがその兆しだ。その要因に、保守論者の権威に対抗できる革新論者の子どもの未来を応援するフラットでフリーでフェアな市場原理の復活があるからだろう。
 
☆中学入試における公正な市場原理の働きを信じたい。
 

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